第二章 夏休みと過去の因縁
第19話 一緒に海に行こう!
看病から少し経ち、夏休みが目前に迫ってきたある日。俺は完全に回復した東郷さんを家に送るために、駅前の小さな商店街を歩いていた。
のんびり歩いてるように見えるかもしれないが、今は俺の体が少し変だ。
何故かはわからないんだが、あの看病した日から、東郷さんを見てるとソワソワするようになった。あとドキドキする。なんなんだこれは? 原因がわからないから対処のしようがない。
「雄太郎くん、期末テストどうだった?」
「え? と、とりあえずトップはキープできそうかな」
「トップ!? 凄すぎるよ!」
「ありがとう。彼のようになりたくて勉強も頑張ってるんだけど、今回もその成果が出て安心してるよ。東郷さんはどうだった?」
「わ、私は……微妙かな。実は加古さんと図書室で勉強したんだけど、周りが誘惑だらけで……しかも加古さんと本の話で盛り上がっちゃって……あはは……はぁ」
そういえば東郷さんは本が好きだったな。そんな人があのデカい図書室で勉強したら、そうなるのも無理はない。
「そっか。それならさ、今度のテストの時は一緒に勉強しないか?」
「いいの!? やったー!」
何気ない提案だったんだけど、東郷さんにはよほど嬉しかったのか、小さくジャンプして喜んでいる。
こんなに喜んでもらえると、なんだか提案した俺も嬉しくなるし、勉強というあまり楽しくない事でも、今から楽しみになる。東郷さんには不思議な魅力があるんだな。
「あ、そうそう。もうすぐ夏休みだけど、雄太郎くんは何か予定はあるの?」
夏休みの予定か。今までぼっちだったから、夏休みに友達と遊んだ事のない俺の予定なんて、いつもジムか家で鍛えるくらいしか……いや、あれがあるな。
「俺、毎年夏になると、美桜と一緒に二泊三日で親戚の家に行ってるんだ」
「親戚の家?」
「うん。親戚が旅館と海の家の経営をしててさ。海の家の手伝いに行くんだ」
「そうなんだね~雄太郎くんの事だから、海で鍛えたりしないの?」
「な、なんでわかった?」
「それくらいわかるよ」
東郷さんは上品に口に手を当てながら笑う。その姿に、俺の心臓は大きく跳ねた。
東郷さんの言う通り、手伝いが終わると俺は海に出向いて泳いだり走ったりして鍛えている。
あっさり読まれてしまったのはちょっと悔しいけど、それ以上に俺の事を理解してくれていると思うと、なんだか嬉しくなる。もしかしてこのドキドキは、理解された事による喜びか?
「それ以外は?」
「うーん、特にないかな。強いて言えば筋トレ?」
「そ、そっかー……ふーん……」
「東郷さんは?」
「私は一人寂しく家で読書でーす」
あ、あれ? 聞かれたから答えただけだったんだけど、なんか少し拗ねるように口を尖らせているんだが? 俺なんか変な事言った?
「少しは察しろ鈍感筋肉ぅぅぅぅ!!」
「このおバカさんがぁぁぁぁ!!」
「ぶほっ!?」
聞き覚え敷かない女の子の声と野太い声と共に、俺は背中に強い衝撃を受けて吹っ飛ばされた。
い、いてぇ……せ、背中が抉れたかと思った……一体何が……?
「あれ、美桜ちゃんに剛三郎さん?」
「どもです司先輩! うちの鈍感がすみません!」
「あ、ううん。それよりも……雄太郎くん、大丈夫?」
「な、なんとか……この前のパンチも効いたが……今の一撃も効いた……」
東郷さんが優しく背中を撫でてくれたおかげで、少しだけ痛みが緩和された気がする。東郷さんには癒しの力でもあるのだろうか?
「鈍感なおにぃには、美桜の必殺ドロップキックと剛三郎さんのラリアットの刑なのです! ね~剛三郎さんっ♪」
「うふふっ、ね~美桜ちゃん♪」
「お二人は知り合いなんですね」
「長年田舎町に住んでると、大体の人は顔見知りになっちゃうのよ~ん」
鈍感って一体何の話だ……そもそも会って早々にドロップキックをするな……俺はそんな風に育てた覚えはないぞ。ていうか剛三郎さんはなんでここにいて、美桜と一緒にラリアットをしてきたんだ……鍛えてなければ即死だったぞ……。
「司ちゃん、忘れ物よ!」
「あっ、スマホ! わざわざすみません!」
「気にしなくていいわよぉ~丁度暇だったからねん」
そういえば、剛三郎さんっていつもどんな仕事をしているんだろうか? 付き合いは長いけど、オーナーをしてるって聞いただけで、具体的には新人に教えてるのしか見た事がない。
剛三郎さん……キャラクター的にもだが、本当に謎が多い人物だ。
「本当にありがとうございます! 美桜ちゃんはどうしてここに?」
「晩御飯のお使いです! それよりも、司先輩! お話は聞きました! よかったら一緒に行きませんか!?」
「一緒にって……その親戚の家に?」
「ですです! 一緒に行って、海の家の手伝いをしつつ、たくさん遊ぶんです! 前に美桜の友達を連れていった事もあるんで、多分大丈夫です! おにぃもいいよね?」
「雄ちゃん、断ったら……わかってるわよね?」
何かを察せと言わんばかりに睨みつけてくる美桜と剛三郎、そして期待するように上目遣いで俺を見つめる東郷さん。
そんなの、答えなんて決まってるさ。
「もちろんいいよ。でもバイトのシフトは大丈夫?」
「それはアタシの方で調整しておくから大丈夫よんっ。その代わり、旅行の前後にシフトを少し詰めるけど、大丈夫かしら?」
「はい、大丈夫です! ありがとうございます! 雄太郎くん、美桜ちゃん、私も連れてって!!」
こんなに喜んでくれるんだったら、最初から誘ってあげればよかったな。一応今回は家の手伝いって形だし、身内の出来事に巻き込むのは申し訳ないかな~って思っちゃってさ。
「一応向こうに聞いてみるから、ちょっと待って。この時間なら出るはずだけど……あ、もしもし
『お、雄太郎じゃねえか! 問題ねぇが、どうかしたか?』
ライム通話を使って行く予定の親戚の家に電話をかけると、威勢のいい男性の声が聞こえてきた。
「あのさ、今年もいつも通りそっちに行くつもりなんだけど、一人俺の友達を連れていっていい?」
『雄太郎が友達だぁ!? 珍しいにも程があるな! まあいい! うちは全然構わねえよ! うちはいつでも人手不足だから、手伝ってくれるのが増えるのは助かるぜ!』
「ちなみに女の子だよー!」
「お、おい美桜!」
『な……雄太郎が……女だとぉぉぉぉぉ!?!?』
きゅ、急に大声を出すなよ……スピーカーにしてるから周りに丸聞こえだって……。
『おい母さん聞けよ!? あの筋肉馬鹿が女連れてくるってよ!』
『ええ!? 雄太郎にもついに彼女が!?』
……電話の向こうが狂喜乱舞な状態になってるな……
「あ、あの……はじめまして、東郷 司と申します。急におじゃましちゃっても大丈夫でしょうか?」
『うおっ、本当に女の子の声がするじゃねーか! 気にすんな気にすんな! 宿に空き部屋なんて腐るほどあっからよ!』
『何言ってるのよアンタ! 今年も割とお客さん多いわよ!?』
『馬鹿野郎! 可愛い甥っ子が彼女連れてくんだから、気合で部屋くらい用意すんだよ! あ、とにかく気にせず来て楽しみな! んじゃな!』
あれだけ騒がしい声が聞こえていたスマホが、一気に静かになった。
彼女って……だから俺と東郷さんはそんな関係じゃない。俺のような筋肉馬鹿とそんな関係と勘違いされるなんて、東郷さんに申し訳が無い。
「あー、まあ……とりあえずこれで大丈夫だな。東郷さんと遠出……友達と旅行なんて初めてだから、今から楽しみだよ」
「「「……はぁ~」」」
友達と旅行なんて、考えただけでワクワクするなぁ――って、なんで三人揃ってそんな深い溜息をしてるんだ?
「司先輩、こういうのもあれですが……選ぶ相手間違えてません?」
「アタシもここまでニブチンだったとは思ってなかったわぁ……これから苦労しそうねぇ……」
「あはは……覚悟の上ですよ」
「……? 旅行をするのに覚悟がいるのか?」
「おにぃは黙ってて」
「雄ちゃんはお黙り」
「なんで!?」
「あはははっ! 二人共そんな冷たい態度を取ったら、雄太郎くんがかわいそうだよ~!」
美桜と剛三郎さんにどうしてこんなに冷たい態度を取られているかはわからないけど、東郷さんは楽しそうだし……まあいいか。
「よしっ、そうと決まれば! 司先輩、今度一緒にデパートに行って水着を買いましょう!」
「あ、そっか水着かぁ……そういえば一着も持ってないし、買わなきゃだね」
「では夏休みに入ったら一緒に行きましょう! 詳細はライムで送っておきます!」
「うん、わかった!」
なんだか随分と仲良くなったものだ。東郷さんは過去につらい事があって一人ぼっちだったみたいだから、仲が良い人間が増えるのはとても喜ばしい事だ。
――そんな事を思っていると、ニヤつきながら体をくねらせる剛三郎さんに、肩を肘でつつかれた。
「あら雄ちゃん、美桜ちゃんに妬いてるの? か~わいい~♪」
「どうしてそうなるんですか。美桜、買い物の荷物持ちが必要なら俺も行くけど」
「あ~……う~ん……魅力的な提案だけど、現地で司先輩の可愛い水着を見てデレデレなおにぃを見たいから、今回はいいや!」
「で、デレデレな雄太郎くん……!?」
「デレデレって……そもそも俺が水着売り場に行かなければいいだけでは?」
「うるさいうるさいっ! 女子同士で積もる話もあるんですー!」
なにが気に入らないのかは知らないけど、随分と俺が行くのを嫌がってるみたいだし、今回は大人しく身を引こう。
でも、なんで今回はこんなに拒絶して……はっ……もしかして、ついに美桜にも反抗期が……そこまで成長したのは嬉しいけど、おにぃはちょっとだけ心が痛いぞ……。
――――――――――――――――――――
【あとがき】
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