第18話 一人ぼっちはやだ……
「それじゃ、俺はそろそろ帰るよ」
時刻は二十一時。外はもう真っ暗になってしまった。東郷さんの顔色も良くなったし、熱もかなり下がった。明日には元気になっていると思う。
だから帰ろうとしたんだが――
「東郷さん……手、放してくれないかな……」
「やっ。一人ぼっちはやだ……今日は一緒にいてって言ったら、わかったって言ったもん」
「確かに言ったけど……もうだいぶ元気になったじゃないか。それに、女性の部屋に男性が長居するのも良くないだろ?」
「そんなの気にしない。私は一人ぼっちが怖い……ずっと一人ぼっちだったから」
「東郷さん……」
俺は東郷さんの過去を知らない。良い感じの過去だったとは思えないから、もし無神経に聞いてしまったら、東郷さんを傷つけてしまうかもしれないから聞けずにいる。
「わかった。明日も休みだし、一緒にいるよ」
「ほ、本当にいいの?」
「もちろん。クラス委員長として、生活に慣れるまで東郷さんを支えよう、困ってたら助けようって決めてたからさ。あ、嫌なら帰るけど……」
「……雄太郎くんは、本当に優しいね……うん、私……雄太郎くんを信じてるから、泊まっていっていいよ」
こうして急遽決まったお泊り兼看病。俺は当然ベッドを使うわけにもいかず、ベッドの隣に適当に寝っ転がってる。夏だから、別に何もかけなくても寝れるのが助かる。
「雄太郎くん、床で良いの……?」
「うん。俺は床で寝るよ」
「そんなのダメだよ! そうだ、一緒にベッドで寝るとか!?」
「流石にそれはマズいと思うよ」
「な、なら私が仰向けに寝る雄太郎くんの上に乗るとか!?」
「東郷さん、ちょっと落ち着こう。な?」
「うっ……ごめん」
上に乗るとか、隣で寝る以上に駄目な絵面にしかならないだろうな……美桜が見たら、また重い一撃が飛んできそうだ。
とはいえ、東郷さんは納得していないのか、むーっと変な声を漏らしながらほっぺを膨らませている。さて、どうしたものか……。
「まずは東郷さんはどうしたいんだい?」
「えっと、とにかく雄太郎くんをベッドに寝かせたい」
「うん、でもそれだと東郷さんが床になるよね? それは断固拒否」
「だから一緒のベッドに……」
「それも駄目。付き合ってもない男女が同じ布団は色々とあれだから」
「でもでも、いくら鍛えてても、固い床に寝たら調子悪くなるって! 私としても……一緒に寝てくれると不安じゃないから……ぐっすり寝て、それで治せるかなって……それに、これくらいしないと意識してくれないだろうし……」
最後の部分は小声すぎて聞こえなかったが……病気が治るというのを出されると、心が揺らいでしまう。少しでも早く治ってほしいからな……。
言っておくが、一緒のベッドで寝るのは問題ない。緊張はするだろうが、間違いは起こさないと自信を持って言える。
問題は東郷さんだ。彼女が後でそれを思い返して悲しんだりトラウマになったらどうする? もしそうなったら、俺は申し訳なさで筋肉爆発をするだろう。
「おねがい……」
「…………」
「雄太郎くん……」
「…………………………わかった」
「やった。ささ、こっち来て」
心を折られるなと思った矢先、即座にボキッと根元まで折られてしまった俺は、東郷さんの隣に寝転がると、東郷さんは嬉しそうにすり寄ってきた。
流石にその上目遣いで頼むのは卑怯だと思う……絶対断れないって……。
「それじゃ、電気消すね」
「あ、うん……」
うっ……これは色んな刺激があって……未知の体験だ。女性特有の甘ったるい匂いに全身を包まれ、何故か東郷さんがくっついているおかげで、暖かくて柔らかいというおまけ付きだ。暗いのも相まって、なおさら意識してしまう。
こんな状況になったら、世の中の男は大変な事になるだろうな。特に茂木君なんかはもう駄目だろう。
だが俺は……東郷さんの信頼に応えるために……絶対に変な事はしない! それが彼女の信頼に返せる、唯一の事だ!
「雄太郎くん、本当にありがとう」
「いいんだよ。友達の調子が悪かったら、看病をするのは当然だ」
「友達……まあいいや。私、雄太郎くんにお礼が言いたいの」
「お礼? 看病の?」
「看病もそうだけど、転校してきてからずっとずっと一緒にいてくれてるでしょ?」
「そうだね」
東郷さんの言う通りだな。学校案内から始まり、登下校や昼休み、スポーツジムも一緒になった。ほんの数日の出来事なのに、随分と濃密な時間を過ごしたなって思う。
「それが凄く嬉しくて。だから、ありがとうなの」
「どうしてそんなに嬉しいの?」
「その……ね。私、実は本当の両親が事故で亡くなってるの。それで親戚の家に引っ越したんだけど……小さい時は男の子みたいな性格だったし、方言しか喋らなかったからかな? 家でも学校でもいじめられていて……誰も愛してくれなくて……親戚をたらい回しにされて……最後には施設に預けられたの」
ちょっとまて、急になんだ? 色々と情報量が多すぎやしないか? 両親が亡くなってる? いじめられて、たらい回しにされて施設行き? どれだけつらい人生だったんだ……?
「施設でも一人ぼっちで、部屋の隅で本を読んで過ごしてた。そんな時に、今の新しい両親に引き取られて、とても大切に育ててくれたんだ。そのおかげで、私はなんとかここまで成長できた……そして、両親の元を離れて、一人暮らしを始めたの」
「どうして一人暮らしを?」
「えっと……その、まあ色々あって。それで、新しい学校だし、知り合いもいないから不安だった。でも、雄太郎くんが茂木くんから庇ってくれて、優しくしてくれて。凄く嬉しかったし、頼もしかった。だから、ありがとう」
俺に抱きついたまま、上目遣いの東郷さんから放たれたありがとうは、確かに俺の胸に届いた。
それと同時に、上目遣いの東郷さんを見たら、急激に心臓が高鳴り始めた。
な、なんだこの感じは……ソワソワとドキドキするっていうのか……嫌な感じではないが、凄く落ち着かない!
いや待て、何一人で盛り上がってるんだ俺。今やるべき事は、東郷さんの話をしっかり聞く事だろう? 独り相撲は後でいいんだよ。
「そ、そっか! それならよかった! うん!」
「あ、あのね……私……実は……」
「……? うん」
何か言いたげに俺に更に密着した東郷さんだったが、それ以上の言葉が続かない。一体俺が何なんだろうか?
「な、何でもない……! 眠くなってきたから、そろそろ寝るね」
「あ、うん。おやすみ、東郷さん」
「おやすみ、雄太郎くん」
それから間もなく、東郷さんから寝息が聞こえてきた。いくら調子が良くなってきたとはいえ、まだ本調子とまではいかないのだろう。
「すー……すー……」
「……さてと」
本当は一瞬でも一緒に寝ないのがベストだったんだが……なってしまったものは仕方がない。とりあえず寝たみたいだし、このままベッドを出よう。
ごめんね東郷さん。でも、俺のような筋肉馬鹿よりも、もっと良い人が初めて一緒に寝た人になった方がいいから。
――そう思ったのに、東郷さんは俺を逃がさないように、腕をがっしりとホールドしていた。そんなにしてまで一緒にいて欲しかったのかと思うと……なんか嬉しくなるというか……顔がにやける。
今日一日でソワソワしたり、心臓が高鳴ったり、顔がにやけたり、色々置きすぎてパニックになりそうだ。
「ほら東郷さん、放して」
「んにゅぅ……やらぁ……」
「っ……」
え、なにその甘えるような声。めっちゃ可愛いって思ってしまった。っていやいやいや! そんな事を考えてる場合じゃないんだって俺! 今はいち早くベッドから逃げないと!
「どうすれば……そうだ。一か八かやってみよう」
俺は東郷さんの頭に手を伸ばすと、そのまま撫で始めた。それが気持ちよかったのか、東郷さんの両腕に力が抜けて、俺の腕が開放された。
よかった。これで床で寝ることが出来るな。
「ふ~……まさか東郷さんにそんなつらい過去があったなんてな……ん?」
そういえば、さっき言ってた事だけど……小さい頃は男の子みたいで、両親の死という家庭の事情で引っ越した……博多弁の子供? これって、俺の目標の彼によく似ている。
まさか、彼の正体は……!
……なんてな。ははっ、彼の正体が東郷さんなわけがない。小さい頃が男の子みたいな性格で、家庭の事情で引っ越した博多弁の子供なんて、探せばそれなりにいるだろう。いくら彼にまた会いたいからって、変な妄想を東郷さんに押し付けちゃいけないよな。
さて、くだらない事なんか考えてないで、俺も寝るとしようかな。明日には東郷さんの体調が良くなってますように……。
「雄太郎くんの意気地なし……って、私もか……あそこまで昔の事が言えたのに……やっぱりバレたらもう女の子として見てもらえなくなるかもって思うと……言えないよぉ……ぐすっ……」
――――――――――――――――――――
【あとがき】
私の作品を手に取ってくださり、誠にありがとうございます。
皆様にお願いがございます。ぜひ星やフォローを押して、作品の応援をしていただきたいのです。
星は作品の目次か、最新話ならこのページの少し下にある星マークを押せば出来ます。
フォローは目次か、このページの少し下に行ったところにある、フォローというところを押せば出来ます。
より多くの読者の方にお届けするためには、皆様のお力が必要です。数秒もかからないので、是非ともご協力をよろしくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。