第17話 体を拭いてほしい……
えっと、俺の理解が間違えてなければ、今のは俺に服を脱がせて体を拭いてほしいって言ったんだよな……?
いやいやいや、流石にそれはマズくないか? 一応俺達は異性なんだし、女性が簡単に男性に肌を見せて良いものなのか……?
いや、普通に駄目だろ。それは東郷さんもわかっているはずだ。むしろ見られる側なんだから、尚更分かって言ってるだろう。それでも頼むって事は、よほどつらいって事だ。
なら、俺は友達として、彼女の願いに応えてあげたい、が……。
うおぉぉぉぉ!! 駄目だ!! 女子の……しかも東郷さんの着替えだぞ!? 美桜のをやるのとはわけが違うんだぞ!?
「東郷さんがつらいんだし……だが……しかし……!」
「……だめ……?」
「うっ……………………わかった。それじゃ、上から脱がすよ」
そ、そんな子犬みたいな目で見ないでくれ……わかった、看病するって決めたんだし、ちゃんと最初から最後まで面倒を見る! 途中で投げ出すなんて、俺を助けてくれた彼なら絶対にしないだろうし!
そう自分に言い聞かせながら、仰向けに寝転がる東郷さんのジャージに手をかけた瞬間――
「司先輩! 大丈夫ですか!? 美桜、色々買って……きま……」
「み、美桜……」
――玄関が勢いよく開き、美桜が部屋の中に飛び込んできた。
「ず、ずいぶん早いな……」
「え、ちょ……おにぃ……!?」
「待て、きっと美桜は誤解している。これはだな……」
これは非常に不味い。部屋に入って来たら、男子高校生が女子高生の服……しかも弱っている子のジャージを脱がせようとしている光景を見たら、誰でも絶対に誤解する。恐らく俺でもするだろう。
早く、早く弁明を――
「おにぃの馬鹿ー! えっちー! ケダモノー!!」
「ぐへぇ!?」
華奢な身体からは想像もできない威力のボディブローをお見舞いされた俺は、妹の成長に複雑な喜びを感じながら、その場で一発KOされた……。
****
「なあ美桜、少しは機嫌直せって……」
「ふんだっ! 紛らわしい事をするおにぃなんてキライッ!」
「お、俺が悪いのか……?」
美桜の強烈なボディブローの痛みから解放された俺は、キッチンで食事の用意をする美桜の手伝いをしながら、ご機嫌取りをしていた。ちなみに東郷さんは静かに寝息を立てている。
おかしいな……俺、美桜を怒らせるような事をした覚えは無いんだが……どちらかというと、勝手に勘違いして勝手に怒ってるだけのような……? あの状況じゃ誤解するのはわかるけどさ。
「ていうか、ジャージを脱がす所を見たら、どう考えたって襲ってるようにしか見えないって! そういうシチュエーションの作品は、掃いて捨てる程あるんだから!」
「……作品? 何の話だ?」
「な、なんでもない!」
なんとなく聞き返しただけなのに、美桜は更に顔を赤くさせながらプリプリしている。この年頃の女の子は気難しい……。
「ところで、部屋に寝巻きとか下着が転がってたけど……まさかおにぃがひん剥いたの?」
「言い方を少し考えろ。着替えさせてくれって頼まれたんだよ」
「……司先輩、めっちゃ攻めるなぁ……そしてそこまでされて気づかないおにぃ、流石すぎる……難攻不落のクソ真面目筋肉……」
なぜか心の底から呆れたような溜息を吐かれてしまった。どうしよう、さっきから美桜は何を言っているのか、俺にはさっぱり理解できないんだが。
「それで、何を作ってるんだ?」
「卵とネギをふんだんに使ったおじやだよ。あとプリンとアイスも買ってきたから、食べられそうなら食べてもらおうかなって」
「ああ、俺達が調子が悪くなった時にいつも母さんが買ってきてくれたアレか」
「そそっ」
懐かしいな。最近は互いに調子は悪くなってないが、小さかった頃はよく熱を出していた。そういう時に、母さんがおじやを作ってくれて……一緒に出してくれたのが、やわらかいプリンと、ハーレンダイスのアイスだったんだ。
食欲がないはずなのに、あのおじやだけは食べられたんだよなぁ……それを食べると食欲が少し戻るから、その後にプリンやアイスを食べてた感じだ。
「よし、あとは盛り付けるだけだよ。さっき寝たばかりだから、起きたら食べてもらってね。温め直す時に水気が足りなかったら、ちょっとだけ水を入れてね」
「わかった。東郷さんのためにわざわざありがとな」
「いいっていいって。それじゃ届けるものも届けたし、美桜は行くね」
「帰るのか?」
てっきり残ると思っていたから、帰るのはちょっと意外だな……。
「だって、おにぃは残る気満々でしょ? 何人もいたら気が休まらないって。それに……司先輩も、二人きりの方が良いだろうし」
「……?」
「鈍感なおにぃにはわからないよっ! それじゃあね~! あ、今日は帰るの遅いか、もしかしたら帰ってこないってお母さんに行っておくから!」
そう言いながらウィンクをした美桜は、そそくさと帰っていってしまった。
帰ってこないって……また母さんになんか言われそうだな。
「……東郷さん……」
居間に戻ってきた俺は、起こさないようにそっと東郷さんの手を触る。さっき美桜が買ってきてくれた市販の風邪薬を飲んだけど、流石にそんなにすぐに良くならないか。
「最近頑張ってたもんな……半分は俺のためにだけど……」
新しい土地、新しい環境、一人暮らしに加えて、朝から俺のためにお弁当を作ってくれて、迎えにも来てくれて、バイトまで初めて……疲れて倒れるのも無理はない。
そういえば、どうして東郷さんは俺のために色々してくれるのだろう? 俺が学校の案内をしたから、そのお礼だろうか? それとも友達と思ってくれてるからだろうか?
わからないけど……これでもし、もう無理できないからという理由で、東郷さんと一緒に登下校ができなくなったり、一緒に昼食を食べれなくなったりしたらと思うと、胸がとても痛む。
なんだこの謎の痛み……それに、最近東郷さんと一緒にいると、ドキドキする事がある。俺の体に何が起こったんだ……?
考えても答えは一向に出ないまま、俺は東郷さんの手を取って見守り続けた――
****
「うぅ~ん……」
「東郷さん、目が覚めたんだね」
「あれ、雄太郎くん……? ここって、私の家?」
同日の夕方、薬が効いてきたのか、少し顔の赤みと体の熱さが取れた東郷さんが目を覚ました。
うん、さっきと比べて目がしっかりしてる。ゆっくり寝てだいぶ良くなったみたいだ。とりあえず一安心だな。
「そっか、私……雄太郎くんに送ってもらって……それで……はっ!?!?」
「東郷さん?」
「あっ……あぁ……! わた、わたわた……」
「わた?」
わたってなんだ? ひょっとして綿の事を言ってるのか……って、また顔が真っ赤になってるぞ? もしかしてぶり返したか!?
「すぅ……はぁ……雄太郎くん、正直に……しょ~~~じきに答えて。私、元々ジャージを着てたよね? でも……今はパジャマ。これって……」
「ああ、うん。美桜がやってくれた」
「そ、そっか。でも……私、なんとなく覚えてるんだけど……雄太郎くんに頼んだよね……?」
「そうだね。着替えを出すところまではやったかな」
「~~~~っ!?!?」
もう顔が赤いを通り越して茹でダコみたいな色になってしまった東郷さんは、目をグルグルにして口をパクパクさせている。
な、なんだこの症状は!? 俺はどうすれば……こういう時は救急車か? それとも筋トレか!?
「くそっ、とにかく救急車を――」
「だ、だだ、大丈夫! 調子が悪いわけじゃないから!」
「そ、そうなのか?」
「そうなの! だから救急車とか呼ばなくて大丈夫! これは私の問題だから!」
そこまで言うなら……でも、体調不良が原因じゃないなら、どうして急に……あ、わかってしまった。さっき俺が着替えさせたことを思い出して、こんなになるくらい怒ったんだな!?
「あれは夢じゃなかった……! うちったらなんて事ば……!」
「その、なるべく見ないようにしたけど……本当にごめん!」
「あっ……ううん、雄太郎くんは悪くないよ! むしろ、私の変なお願いを聞いてくれてありがとう!」
東郷さんは優しいな……いくら調子が悪かったからとはいえ、着替えを見たら普通怒るだろう……やっぱりもっとしっかり謝ろう。
「本当にごめん。もし迷惑ならすぐに帰るけど……」
「迷惑じゃないよ! むしろ……一緒にいてほしい。一人だと心細いから……」
そう言う東郷さんは、不安げに眉尻を落としながら、俺の手を強く握った。
一人暮らしで体調が悪くなったら、心細くなるのも無理はない。お詫びって言うのも変かもしれないけど、東郷さんが望む限り傍にいてあげよう。
「わかった。とりあえず、美桜がおじやを作ってくれたから、食べる?」
「美桜ちゃんが? あれ……なんか凄い怒っていたよな……?」
「あはは……まあ色々あってさ……」
さすがに俺が東郷さんに酷い事をしていたと勘違いして殴りました! なんて言えるわけがない。言ってしまえば……後が怖いし。
「今温めてくるから、ちょっとだけ待ってて」
「うん、ありがとう」
俺は美桜に言われた通り、水を少しだけ足しておじやを再度温めると、土鍋を居間に運んだ。
「いいにおい……さすが美桜ちゃんのごはん……」
「母さん仕込みのおじやなんだ。凄くおいしいし、温まるよ」
あらかじめ机の上に置いておいた敷物の上に土鍋を置くと、ピンク色の可愛い茶碗におじやをよそってあげた。
「ふーっ……ふーっ……はい、あーん」
「あっ……!? じ、自分で食べられるよっ!」
「病人なんだし、遠慮しないで」
「う、うぅ……雄太郎くんの優しさが嬉しか……ばってん……ばり恥ずかしか……あ、あーん」
嫌なのか、それとも怒ってるのか、それは定かではないが、顔を赤くしながらも、東郷さんはおじやを食べてくれた。
「はふっはふっ……おいひぃ」
「そっか、よかった。沢山あるから、好きなだけ食べてね。ふーふー……あーん」
「あ、あーん……もぐもぐ……あーんって、するよりもされる側の方が緊張するんだ……知らなかったなぁ……雄太郎くんはしてて緊張しないの?」
「うーん、しないとは言わないけど、そこまでじゃないかな」
「むぅ……もっともっとドキドキさせて、私の事を意識させなきゃ……」
「東郷さーん? もういらないか?」
「あ、まだ食べる! あーん!」
食欲も戻ってきたし、あとは寝れば治るだろう。そう思い、俺は安堵の息を漏らすのだった――
――――――――――――――――――――
【あとがき】
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