第15話 体調不良の東郷さん

「ここはこうして……司ちゃん? 聞いてるかしらん?」

「……あっ、はい! 聞いてます!」


 東郷さんと出会ってから、初めての休日。あれから茂木君達からの嫌がらせは無く、平和に過ごしている。今は一緒にスポーツジムに来て、俺はトレーニング、東郷さんはバイトのやり方を剛三郎さんに教わっている。


「ふぅ……よし、今日のペンチプレスはこの辺でいいかな」


 休憩したら、次は何をするかな……よし、ハンギングレッグレイズで腹筋を鍛えるか。最近あまりやってなかったしな。


 ちなみにこのトレーニングは、見た目は鉄棒にぶら下がりながら、両足を上げて腹筋に負荷をかけるトレーニングだ。正直かなりきついが、だからこそトレーニングになる。


「東郷さんも頑張ってるな……俺も頑張らないと。あっ……」


 汗を拭きながら東郷さんを眺めていると、俺が見ている事に気づいたのか、こっちを向いて小さく手を振ってくれた。心なしか顔が赤い気がするのは気のせいだろうか?


 出会った日から、学校や放課後に一緒にいてわかったけど、東郷さんはかなり頑張り屋さんだ。朝は俺のために弁当を作ってくれるし、バイトも真摯に取り組んでいる。弱音も一切吐かないし、とてもいい子だ。


 でも……そんな真面目な東郷さんだからこそ、無理してるんじゃないかと思ってしまう。ちゃんと見ててあげないとな……。


「さてと、休憩はそろそろ終わりにして、そろそろやるか」

「雄ちゃん、ちょっといいかしら」

「剛三郎さん? あれ、さっきまで東郷さんに教えてたんじゃ?」

「ちょっと事務所で待っててもらってるわ。それで……その司ちゃんの事で言っておきたい事があってね」


 いつもおちゃらけている剛三郎さんにしては、珍しく真面目な表情だ。余程真剣な話なんだろうか……?


「あの子、ちょっと調子が悪いかもしれないわ」

「え?」


 調子が悪いって……もしかして、俺の悪い予想が的中していたのか?


「今日ね、時々ボーっとする事があるの。何回か来てもらってるけど、今までそんな事なかったのよ。それに、少し目がトロンとしてるし……トレーニング中に悪いけど、司ちゃんを家まで送ってあげてくれないかしら?」

「勿論です。任せてください。スタッフの事務所にいるんですよね?」

「ええ。よろしくねんっ」


 スタッフの事務所の場所ならわかる。伊達に何年もこのジムに通ってないからな。


「失礼します」

「はぁ……はぁ……」


 控えめにノックをしてから事務所に入ると、少し息を乱しながら座っている東郷さんの姿があった。さっき見た時よりも顔が赤い……やっぱり調子が悪そうだ。


「あれ……雄太郎くん……? どうしてここに……?」

「剛三郎さんから、東郷さんがいるって聞いて、様子を見に来たんだ」

「そっかぁ……えへへ、少し疲れちゃった。でもでも、だいぶお仕事も覚えてきたんだ。もう少ししたら戻るから、剛三郎さんに――」

「ごめん、ちょっとおでこ触るね」

「ひゃん……」


 後で怒られても構わない。今はまずは東郷さんの体調の確認からしないと。その一心でおでこに触ると、かなり熱くなっていた。


「やっぱり熱があるね。今日はもう帰ろう」

「で、でも……まだお仕事が……」

「剛三郎さんから、今日は帰っていいって許可をもらってるから心配しないで」

「そ、そっか……」


 まずいな、想像以上に調子が悪そうだ……今日一緒に来た時はいつも通りだったのに……何がちゃんと見ていようだ! 俺の大馬鹿野郎!


 いや、今は自分を責めてる場合じゃない。失敗は後で取り返せばいい。今は東郷さんを一刻も早く休ませないと。


「家まで送ってくよ。立てる?」

「うん……ごめん……あ、あれ……さっきは全然大丈夫だったのに……」


 ふらつきながら立ち上がったが、どうにも足元がおぼつかない。恐らくだけど、休憩してる間に熱が上がってしまったのだろう。


 あっ……帰るなら、東郷さんの荷物も持っていかないといけない。確か大きめのボストンバッグで来てたはずだけど……女性のロッカーを漁るのはちょっとな……かといって、東郷さんの様子からして、荷物をまとめるのはつらそうだし……。


「困ったな……」

「あ、雄太郎。剛三郎さんから聞いたんだけど、東郷さんの様子はどう~?」


 頭を悩ませていると、顔なじみのおばさんスタッフに声をかけられた。彼女は俺が子供の頃からの知り合いだ。


「ちょっと熱があるみたいです。家まで送ってくんで、荷物をまとめてもらえますか? さすがに女性のロッカーを開けるのは気が引けて」

「はいよ~」


 彼女に荷物を持ってきてもらった俺は、東郷さんをおんぶして事務所を後にした。


 おんぶしてると、東郷さんの体がかなり熱くなってるのがよくわかる。この状況はちょっと照れるしドキドキするけど、そんな事を気にしてる余裕はない。一刻も早く家まで連れていかないと!


「東郷さんの家ってどこ?」

「……公民館の……近くのアパート……」


 公民館近くのアパート……そういえば、随分ボロボロになったアパートが一棟あったな。恐らくそこだろう。


 場所さえわかってしまえばこっちのものだ。こちとら毎日鍛えてるんだ。小柄な東郷さんをおんぶして歩く事くらい、余裕で出来る。


 あと少しの辛抱だからな……もうちょっと頑張ってくれ!



――――――――――――――――――――

【あとがき】


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