第14話 東郷さんにしたら許さない!

「あ、筋肉委員長! 大変なの!」

「加古さん? どうかしたのか?」

「いいから来て!」


 東郷さんと一緒に教室に向かう途中、焦った様子の加古さんに首を傾げながらついていくと、教室の中が少しざわついていた。


 ちょっと変な雰囲気だ。もしかして、何かあったのだろうか?


「……これは」

「ひどい……!」


 俺と東郷さんの視線の先――そこには、カッターか何かで傷つけられてボロボロになった俺の机の上に、花が供えられていた。


 ……随分と一日で俺の机の雰囲気が変わったものだな。これ、机の中はちゃんと空にしてるから助かってるけど、教科書とかを置いたままにしておいたら、それも悲惨な事になってたかもしれない。


 ……一体誰の仕業か……考えるまでもないか。


「雄太郎くん……」

「……随分と俺の机が華やかになったな。うん、花を見てると、とても穏やかな気持ちになる」


 俺の事を気遣ってくれてるのか。東郷さんがそっと俺の手を取ってくれた。


 大丈夫だよ、東郷さん。俺は……ヒーローに守られてた、弱かった時の俺とは違うから。そう思いながら、東郷さんの手を握り返した。


「とはいえ、流石に机のほとんどを占められては困るな。花には申し訳ないが、教室の後ろに移動してもらおう」


 俺の醸し出す雰囲気に呑まれたのか、しんと静まり返る教室の後ろに花を移動してあげた。


 花には何の罪もない。ただ必死に生きているだけだ。これに八つ当たりをするのは、弱い人間のする事だ。


「それにしても、本当にボロボロだな。自然現象でこんなになるわけないよな。なら……誰かさんが嫌がらせでやったのか。全く……」


 俺は自分の席に戻ると、とある人物に向けて、チラッとだけ視線を向ける。そこには、茂木君がニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、取り巻きと一緒に俺を見物していた。


 やっぱりあいつらの仕業か。大方、この前の昼休みの一件の仕返しといったところか。こんな事をするくらいなら、筋トレをした方がよっぽど有意義だろうに。


「……っ! あの人達が……!」


 茂木君達の視線に気づいたのだろう。俺が止める前に、東郷さんは眉間にシワを寄せながら、茂木君達のところに向かっていった。


「お、どうした司ちゃん。俺と遊ぶ気になった?」

「しゃあしか! こげん酷か事ばして何が楽しかと!? 雄太郎くんがお前らに何ばしたって言うったい!?」

「は? なに言ってんのかわかんねぇんだけど? 何処のド田舎出身かな? 日本語は正しく使おうな? あ、よかったら俺が教えてやろうか?」

「このっ……!!」

「東郷さん!」

「離してっ! こげん卑劣な事ばするようなやつ! 絶対に許しゃん!」


 このままでは東郷さんにも迷惑が掛かってしまう。そう思った俺は、急いで東郷さんを茂木君から引き離した。


「落ち着いて東郷さん。怒っても相手の思うつぼだよ」

「でも……!」

「俺は大丈夫だよ。ただまあ……俺にやったから今回はこの程度にするけど、これを東郷さんにしたら……ただじゃおかないけどな」


 見せしめも兼ねて、俺はボロボロになった机の脚を力強く握り、グニュッと曲げて見せた。すると、クラスメイト達からは動揺の声が上がった。


 言っておくが、これでもかなりキレてる。俺が何かされたからではなく、東郷さんを馬鹿にした事にだ。方言だって立派な言葉だというのに、それを馬鹿にするなんて最低な行為だ。


「な、なんだよあれ……人間技じゃねえ……」

「だからオレはやめておこうって言ったんだ……あんなのに腕を掴まれたら、折れるじゃ済まないぞ……!」

「うるせぇ! あんな筋肉ダルマに舐められたままでいられるわけないだろ!」


 自白に近い動揺の声を上げる茂木君達を見ると、小さくビクンっと体を震わせてから、そそくさと教室を後にした。


「ちょっと力み過ぎたな。これじゃ使い物にならない。どうせ傷だらけだし、元から使い物にならないからいいか。先生に言って、新しい机に変えてもらおう」

「あ、あの! 私も運ぶの手伝うよ!」

「……ありがとう、東郷さん」


 俺は変わり果てた机を軽々と持ち上げながら、東郷さんと一緒に教室を後にした。


 机を運ぶのくらい、勿論一人で出来る。だけど、あそこに東郷さんを置いていったら、凄い気まずいだろうしな。


 はぁ……それにしても、朝から思わぬ事件が起こったものだ。せっかく東郷さんと一緒に楽しく登校してきたのに、台無しだよ。


「雄太郎くん、あんまり気にしちゃ駄目だよ。ああいうのは、変に反応すると調子に乗るから……」

「心配してくれてありがとう。でも俺は全然気にしてないよ。ああいう卑劣な事をするのは、弱い人間がする事だ。真に強い人間は、真っ向から挑んでいくからね。あの子も……そうだった」

「れ、例の憧れの子?」

「うん。覚えててくれたんだ」

「ま、まあね! あはは……」


 東郷さんは少し慌てながら、視線を俺から逸らした。


 もし彼が今の俺の立場だったら、どうやって切り抜けていたんだろう? 彼は割と喧嘩っ早い一面もあったから、茂木君達に殴りかかってたかもしれないな。


 正直な話、あそこで殴って二度と手を出せないくらいにすればいいのかもしれないが、それではこっちが悪者になってしまうし、東郷さんにも迷惑が掛かってしまうかもしれない。


 それに……俺は人を殴るような事はしたくない。この鍛えた体を攻撃に使う時は、大切な人を守る際に、どうしても必要になった時だけと決めている。これは俺が自ら課したオリジナルルールだ。


「もし何かあったら、私に相談してね。雄太郎くんの力になりたいから!」

「ありがとう、嬉しいよ。頼りにしてるね」

「べ、別にいつもお世話になってるから、そのお礼ってだけなんだから! 勘違いしないでよねっ!」

「お、おう。急にどうした?」

「えへへ、雄太郎くんを和ませようと思って、ツンデレのまねっこをしてみたの!」

「そっか。ありがとう」


 ツンデレというのはよくわからないけど、俺を気遣っての事だというのはわかる。そう思うと、不思議と胸が暖かくなり、自然と笑顔が浮かんだ。


――――――――――――――――――――

【あとがき】


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