第11話 やらないで後悔するよりも
■司視点■
「かっ……かっこよかぁ……!!」
雄太郎くんが通うスポーツジムを見学する事になった私は、トレーニングをする雄太郎くんを見て、物語に出てくる恋する乙女のようにドキドキしていた。
あんなに長時間走れるのも凄いし、何十キロもありそうなペンチプレスを持ち上げるのもかっこいいし……ダメ、雄太郎くんがかっこよすぎて、かっこいい以外の言葉が浮かばない!
「あっ……またこっち見てくれた……!」
トレーニングを始めてそれなりに時間が経ったが、雄太郎くんは私の事を気にかけてくれてるのか、頻繁に私の方を見てくれる。それが嬉しくて、その度に手を振ると、雄太郎くんも振り返してくれる。
自意識過剰なのは重々承知だけど……なんていうか、心が通じ合ってる感じがして、胸のドキドキが抑えられそうもない。
「ふふっ、愛しの彼氏のカッコいい姿は良いもでしょ~?」
「はい、もう最高でずっと見ていられます! って……え?」
雄太郎くんに集中しすぎてたせいで、何も考えずに答えてしまった。
やってしまった――そう思いながら振り向くと、そこにはスポーツジムのオーナーである、剛三郎さんが笑顔で立っていた。
「やっぱりそういう関係だったのね~。雄ちゃんは真面目で凄くいい子だから、ようやく彼女が出来たかって感じだわぁ」
「か、かか、かのかの……!」
「あらあら、落ち着いてぇ。深呼吸よん」
「はい……すーはー……すーはー……」
なんだか最近深呼吸ばかりしている気がするなぁ……すーはー……よし、とりあえずほんの少しは落ち着けた……かな?
「えっと、雄太郎くんとはまだお付き合いしてないです」
「うふふっ……まだって事は、いつかはお付き合い予定があるって事かしらぁ?」
「あっ……! えっと今のは……!」
「あ~んもう、本当に可愛い子だわぁ! ごめんねぇ、ちょっと意地悪しすぎちゃった!」
剛三郎さんは、うっとりした表情でくねくねと動いている。
何ていうか、この人って色々と凄い人だなぁ……。
「雄ちゃんなら、きっとあなたの事を幸せにしてくれると思うわん」
「えへへ、もう十分幸せなのに、これ以上幸せになったら、どうなっちゃうんでしょうか……」
「幸せに上限なんて無いわ。もうとことん幸せになっちゃえばいいのよぉ! あっ……そうだわ! 恋する可愛い乙女の司ちゃんに、アタシから一つ提案があるの」
提案? 一体何だろう……あっ、聞く前に何処かに行っちゃった。とりあえずここで大人しく待っていようかな。
「おっまたせ~♪ はい、こ〜れ」
「これは……」
剛三郎さんが持ってきたのは、一枚のチラシだった。そこには、このスポーツジムの紹介が写真付きで書いてある。
「そのチラシの下の方を見てぇ~ん」
「えっと、アルバイト募集?」
「そう。最近ベテランの子が上京を理由に辞めちゃってね~。ずっと募集してるんだけど、中々来なくて。それで、よかったらウチで働かなぁい?」
アルバイトかぁ……家から仕送りがあるとはいえ、あまり負担をかけたくないからアルバイトはしなきゃって思ってたし、ちょうどいいかも。
でも、スポーツジムのアルバイトなんて、当然やった事もないし、内容だって全く知らない。私に出来るのかな?
「仕事の内容はそんなに難しくないわ。まずはお掃除から始めて、ゆっくり覚えていけばいいわ」
「な、なるほど」
「そ・れ・に……ここで働いてれば、雄ちゃんのカッコいいトレーニング姿を堂々と見れるわよぉ」
「っ……!!」
言われてみれば確かにそうだ。お金をもらえて、雄太郎くんのカッコいい姿も見れるなんて、まさに一石二鳥。
バイト先を好きな人がいる所にするのは、流石にそれは重いかな……嫌われちゃうかな……ううん、きっと雄太郎くんなら笑って許してくれると思う。
それに、やらないで後悔するよりも、やって後悔した方が絶対に良い! 後悔するような展開にはなって欲しくないけどねっ!
「やりますっ! 私を雇ってください!」
「ふふっ、そう言ってくれると思ったわ~。そうそう、雄ちゃんが来る曜日と時間って大体決まってるの。だから、それになるべく被るようにシフトを入れてあげるわね。さすがに一緒に帰るのは難しいかもしれないけど、そこは了承してほしいわぁ」
なにその好待遇。嬉しすぎて小躍りしちゃいそうだし、うっかり興奮のせいで方言が出ちゃいそうなんだけど!
……でも、剛三郎さんはどうしてそこまでしてくれるんだろう? こう言っては何だけど、私は剛三郎さんとは初対面。こんなに良くして貰う理由が見当たらないよ。
「あらぁ~、どうしてそんなにしてくれるの? って顔をしてるわねん」
「は、はい」
「勿論あなたが可愛いからというのもあるけど、雄ちゃんに幸せになってもらいたいのよ」
「雄太郎くんに?」
「ええ。あの子の事は、小さい頃から知ってるの。その頃から体を鍛え始めたからね。もう鍛える事と勉強しか頭にない子でねぇ……止めても、ヒーローみたいになるんだ! の一点張り。浮いた話どころか、お友達の話すら聞いた事がなかった。それくらい、あの子は一人ぼっちだった」
雄太郎くん……頑張ってたのは知ってたけど、そんなに昔から、当時の私のようになるために頑張ってたんだ……嬉しいけど、ちょっぴり複雑な気持ち……。
「だからかしらね? 母性がうずくというか、放っておけないのよ、雄ちゃんは。そんなあの子に春が訪れそうだってなったら、協力しない手は無いわよぉ~!」
「そ、そんな……私は……」
「あら、何言ってるの? 雄ちゃんの事好きなんでしょう?」
雄太郎くんの事を……そんなの……そんなの……!!
「…………………………好き…………です」
「あぁ~もぉ! 本当に可愛いわぁ~! っと、撫でるとまた怒られちゃうから我慢しなきゃね♪ 後で簡単な面接をさせてもらうけどいいかしらん?」
「は、はい」
「それと、親御さんの許可も必要だから、連絡が取れるようにしておいてもらえると助かるわぁ~」
「わかりました」
「じゃあアタシはちょっと仕事を片付けてくるから、ここで雄ちゃんを見ながら待っててねん。一時間後くらいには戻ってくるわ!」
そう言うと、剛三郎さんは軽やかにスキップをしながら去っていった。雄太郎くんよりも大きい体格の人がスキップをしてるというのは、何とも不思議な光景ね。
「バイトしながら、雄太郎くんのサポートとかも出来るかな……剛三郎さんに後で聞いてみよっと。えーっと雄太郎くんは……あ、いた!」
ちょっと目を離した隙にベンチプレスからいなくなっていた雄太郎くんを探すと、鉄棒にぶら下がって懸垂をしていた。
「あぁ……かっこよかぁ……永遠に見ていらるぅー……」
それから剛三郎さんに呼ばれるまでの間、私は方言を漏らしながら、雄太郎くんの事をずっと見つめているのでした――
――――――――――――――――――――
【あとがき】
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