第10話 将来は良いお嫁さんに
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でしたっ」
途中で東郷さんが不機嫌になってしまうという事件があったものの、無事に俺は米粒一つ残さずに完食した。
……また作ってきてほしいなんて言ったら、東郷さんは怒るだろうか? また頼みたくなるくらい嬉しかったんだよな……せめて弁当が無くても、一緒に食べるくらいはしたいな。
「こんなにうまい料理を作れるなんて、東郷さんは将来良いお嫁さんになるだろうな」
「ふぇ!? お、お嫁さん!?」
東郷さん、めちゃくちゃエプロン姿とか似合いそうだな。こんな素敵な人と結婚できる男は、一生分の幸せを使っていそうだ。
「……お嫁さん、かぁ……えへへ、いつかなりたいな。雄太郎くんは結婚したいって思う?」
「うーん、どうだろう。あまり考えた事はないな」
こんな筋肉馬鹿を選んでくれる人がいるんだろうか? 自分で言うのもアレだが、俺は筋トレの事ばかり考えてるし、面白い話をできるわけでもないし、顔が良いわけでもない。正直、モテる要素が無いんだよな。
「うーん……そうだな、東郷さんみたいな素敵な女性と結婚できたら嬉しいな」
「ひょえ!?!?」
「子供は三人くらい欲しいな。裕福じゃなくてもいいから、家族みんなが寄り添って笑い合える家族が……あれ?」
どうして東郷さんはモジモジしながら顔を俯かせているんだろう。しかも体中が真っ赤だし……もしかしてまた怒らせてしまったのか!?
「と、東郷さん?」
「う、うちみたいな人と結婚って言われた……それってもうプロポーズじゃ……そ、そげなと……ぷしゅ~……」
「東郷さん!? ちょ、しっかりするんだ!」
な、何が起きたんだ? 東郷さんが頭から煙を出して倒れてしまったぞ!? こ、こういう時はどうすれば……そうだ人工呼吸だ! って、息は普通にしてるんだから違うだろ! 少し落ち着け俺!
「ほ、保健室! 保健室に運ぼう! 東郷さん、少しの辛抱だからな!」
「ふにゅ~……」
俺にしてはかなり素早い動きで荷物をまとめると、東郷さんをお姫様だっこをして走りだした。
もう色々起こり過ぎて、何がなんだかわからないけど……今やるべき事は、東郷さんを元気にする事だ! だから……急げ俺!!
****
「あ、あのー……雄太郎くん」
「東郷さん。もう大丈夫なのか?」
「うん、心配かけちゃってごめんね。もう大丈夫」
放課後、保健室からまだ戻ってきていなかった東郷さんが心配だった俺は、ぽつんと一人で教室にいると、眉尻を下げた東郷さんが帰ってきた。
ちゃんと喋れてるし、足取りもしっかりしてるし……うん、とりあえず大丈夫そうだ。
「急に倒れてビックリしたよ。一体どうしたんだ?」
「えっ!? な、なんだろうねー? もしかしたら暑さにやられちゃったのかも! 今日は涼しいとはいえ夏だしね!」
あー……それはあるかもしれない。これからはもっと用心しておかないといけないな。
「そういう事だから、私は大丈夫! それじゃ、帰ろっか」
「ああ。また近くまで送ってくよ」
「え? そんな、悪いよ」
「まだ本調子じゃないかもしれない東郷さんを、一人で帰らせるわけにはいかないよ」
「わかった。それじゃ雄太郎くん、一緒に帰ろ?」
「任せてくれ。それじゃ、はい」
「えっ?」
俺は東郷さんに向かって手を差し出したんだが、ぽかんとした表情をされてしまった。
「まだ本調子じゃないかもしれないし、俺が手を取って支えるよ」
「雄太郎くん……ありがとう」
夕方になって更に涼しくなった田舎道を、二人揃ってゆっくりと歩く。丁度周りには人がいないおかげか、なんだか二人きりの別世界に来たみたいだ。
……あ、学校を出てからもずっと手を繋いだままだったな……またクラスメイト達にきゃーきゃー言われてしまうかも……その時はまた東郷さんを守らないとな。
「ねえ雄太郎くん、また明日もお弁当を作ってきたら、食べてくれる?」
「うん、勿論全部食べるし、凄く嬉しいよ。でも大変じゃない?」
「そんな事ないよ。作ってみたら意外と楽しいし、おいしいって食べてもらうと嬉しいし」
「そうなんだね。それじゃ、またお願いしようかな。今度材料代は払うから」
「そんなの気にしないでよ~! 私が好きでやってる事なんだから!」
そうは言ってもな……毎朝作ってもらう労力に加えて材料費まで持ってもらうのは、流石に申し訳なさすぎる。今度ちゃんと支払うか、お礼として何かプレゼントしてあげよう。
……ちょっと待てよ。プレゼントをするのはいいが、女の子どころか、家族以外にプレゼントなんてした事がないから、何を買えばいいかわからん。ネットで色々調べてみるか。
「そう言えば昨日聞きそびれちゃったんだけど、雄太郎くんって、放課後は今まで何してたの? やっぱり筋トレ?」
「うん。駅前にスポーツジムがあるのは知ってる?」
「確か駅前にあったよね? ガラス張りになってるから、中も見た事あるよ。結構綺麗だよね~」
「そうだね。実はそこに通って鍛えてるんだ。今日も東郷さんを送った後に行こうと思ってる」
「え、そうなの!? じゃあそのスポーツジムにいけば、雄太郎くんが頑張ってるところが見られる!?」
「あ、ああ」
なぜかはよくわからないけど、東郷さんは目を輝かせながら、身を乗り出して聞いてきた。
そんなにスポーツジムに興味があるのか……? あ、もしかして東郷さんも筋トレに興味が出たのか!?
うんうん、筋トレはいいぞ! 健康になれるし、嫌な事があっても筋トレをすれば忘れられるしな! 筋トレ最高!
「そこって見学できる?」
「出来ると思うよ。ジムのオーナーと顔見知りだから、頼めばなんとかなると思う」
「じゃあ……行ってみたい!」
「行くのはいいんだけど、体調は大丈夫なのか?」
今はいつもの様に元気いっぱいでニコニコしてるけど、昼間は急に倒れてるからな。どうしても心配になってしまう。
「大丈夫だよ!」
「……そこまで言うなら信じるよ。だけど少しでも変だなって思ったら、すぐに言ってね。家まで送ってくから」
「うん、わかった。ありがとう」
「それじゃ行こうか」
俺は東郷さんと手を繋いだまま、駅前のスポーツジムに向けて歩き出す。
東郷さんに筋トレの素晴らしさを教えられるのは嬉しいけど……やっぱり不安だな……俺が心配性なだけか?
****
「へえ……こうしてちゃんと見ると、色んな器具が置いてあるんだね」
初めてきたスポーツジムに興味津々なのか、東郷さんはまるで上京したての学生みたいにキョロキョロしている。
東郷さんの気持ちはわかる。意識してみてないと、興味がないものって記憶に定着しづらいもんな。
「あら、あらあらあら! 雄ちゃんってば、そんなかわいい子を連れてきちゃって~! しかも手まで繋いじゃって!」
「ひゃあ!?」
小さく悲鳴を上げる東郷さんの視線の先――そこには、二メートルくらいはあるであろう、筋骨隆々で厚化粧の男性が立っていた。
「なになに、もしかして彼女ちゃん?」
「か、かのっ……!?」
「違いますよ」
「………………ぷぅ」
変な誤解をされたら東郷さんに迷惑がかかると思い、即座に否定したんだけど、何故か東郷さんはやや不機嫌そうにほっぺを膨らませている。
……俺、またなにか間違った事を言っただろうか?
「ふふっ、青春ね~……ごほん……はじめましてぇ! アタシ、
早川 剛三郎と名乗った男性は、ボディビルダーがするようなポーズをしながら自己紹介をする。こんな不思議な人だけど、一応加古さんの親戚だったりする。
……加古さんも、もしかしたら剛三郎さんみたいな不思議な人になっていたかもと思うと、ちょっとだけ怖いな。
「は、はぁ……はじめまして。東郷 司と申します……」
「も~今のはおねぇジョークだから、そんなにかしこまらないで! ホントに可愛い子だわ~!」
剛三郎さんはうっとりした表情を浮かべながら、東郷さんの頭をワシャワシャと撫でまわす。一方の東郷さんは、俺に助けを求めるように見つめている。
全く剛三郎さんは……東郷さん、完全に困ってるじゃないか。
「剛三郎さん、東郷さんが困ってるので」
「あらごめんなさい。可愛くってつい♪ それで、その子は体験かしら? それとも見学?」
「見学みたいです」
「おっけ~! じゃあそこの階段から上に行ってちょうだい! 二階はこのフロアが一望できるように吹き抜けになってるのよ~んっ」
「わ、わかりました」
「俺が案内するよ」
剛三郎さんの独特なテンションに疲れてしまった東郷さんの手を引っ張って二階に上がると、一階が見やすい席に案内してあげた。
「それじゃ行ってくるね。つまらなかったらいつでも帰って大丈夫だよ」
「もう、勝手に帰るなんて事しないよ~。頑張ってきてね!」
東郷さんの応援を背中に受けてながらロッカールームに移動すると、いつも着ているトレーニングウェアに着替えた後、軽く準備運動を済ませた。
さて、今日はなにからやるかな……まあいつも通りランニングマシンで体を温めたら、ペンチプレスをやろう。
「……あっ」
なんとなく二階のフロアに目をやると、ひょこッと顔を出している東郷さんと目が合った。すると、東郷さんは笑顔で小さく手を振ってくれた。
なんか応援してもらえるとやる気が出るな。よし、今日も頑張るぞ!
――――――――――――――――――――
【あとがき】
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