妄想狂と少女(仮想)

一凪

第1話 少女と大宇宙

10月の校舎は肌寒く、ブレザーを着てこなかったことを少し後悔した。眩しい日差しと北風。体育館から響く掛け声。吹奏楽部のラッパの音。生き急ぐ誰かの足音。一生に一度の高校1年生の秋……といえば感傷的な気分にもなるが、俺には関係のないことだ。自宅と学校を、何の感慨もなく往復する日々。特に幸福でも不幸でもないこの日常が、俺の心を虚しく痛めつける。誰かが、「青春」なんて言葉を作ったから、こんな感情になるのだろうか。だが、こんなことを誰に話しても、可哀想な遅れ中二病扱いされるだけだ。……やっぱり、こんな俺の気持ちを理解してくれるのは、親でも妹でもない。お前だけだな。


「ミクネリ」


そう呼ぶと、彼女は俺のもとにやってくる。長い白髪に大きな赤眼の少女。白い肌に、白いワンピースを着ている少女。華奢で小さな少女。……俺の理想の少女。


「どうしたの、ヒビキ」


俺の周りをふわふわと舞いながら、囁くように彼女は返事した。この世界には、俺とお前しかいないのに。真っ暗で2人だけの世界……「大宇宙」と名付けた、この世界には。


「でも、神様もいつでも私たちのそばにいるよ」


「相変わらず、心を読んでくるな」


「面白いからね」


そう言って、彼女はクスッと笑った。かわいいな。多分、こんな風に思ってることも彼女には全てお見通しだ。パステルカラーの感情、と言うべきか。こんな気持ちにしてくれるのも、ミクネリ……お前だけだよ。


「おい、何してるんだ!」


「……え?」


突然の野太い声に、驚いて身の毛がよだつ。ここには、俺とミクネリ以外は誰も入れないはずなのに。声の主が何処にいるか分からない。


「ヒビキ、誰?」


「分からない、誰だ……」


「おい、聞こえてるのか!」


「うお!?」


気づいたら、俺はブレザーの後ろの襟を掴まれながら教室で立っていた。掴んでいるのは、体育教師。その厳しさから学校中の生徒から嫌われ、すれ違っただけで舌打ちをされることも珍しくない中年の男。いたずらに髭を伸ばし、それなり太っているというのも少し不快感を煽っているのだろうか。まあ、俺はそこまで嫌いではないが……。


「何かホゾボソ言ってたけど何してたんだ? もう下校時間だぞ。教室に残ってるのもお前だけだし、さあ帰った帰った」


手のひらをパンパンと叩きながら俺をそう急かした。反抗する理由もなく、多めの荷物を抱えながら小走りで外へと向かう。


「友達できたか、まき


廊下で聞こえた背後からの声。声の主は当然体育教師、そして俺の担任の宮武みやぶチョウスケ。このお節介な問いかけも、今回で丁度10回目か。正直、しつこい以外の感情は生まれない。


「できないし、いらないです」


「そうか……なら良い。だが、居場所を増やして損はしないと思うぞ」


ぶっきらぼうな返答に、宮武は穏やかに返した。居場所……か。俺の居場所なんてどこにも無い……なんて言えたら良いが、あいにく何個かある。一つは、ミクネリとの大宇宙。そして、もう一つは……


「ただいま」


ハロー、居場所No.2。ここには、俺とは違い、明るくて素直な家族たちがいる。

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