中編 わがままで、ごめんね


 二つ、三つ、四つ……ピーマンの欠片を食べていくごとに苦味になれてきた。苦い、苦いと思いこんでいたけれど……このしゃくっとした感触はどちらかというと、好きだ。

 

 そういえば、なんで嫌いになったんだっけ……ああ、思い出した。私がまだ、小学校に上がりたての頃だった。

 

 レミが料理してるのを私は眺めてたんだ。その料理の食材中にピーマンが混ざってた。緑色が気になって「これ食べてみたい」って言った気がする。

 

 ソレをレミが「一口だけですよ」と細かく切ったかけらを洗って食べさせてくれたんだ……でもその時の味がとっても苦くって。びっくりして泣いちゃった。「ご、ごめんなさいお嬢様……生は苦いですよね」と大慌てで抱きしめてくれた。「苦いって言えばよかったですよね……ほんとにごめんなさい」と悲しそうに謝ってきた。

 

 でも私はずっと泣いちゃって、喚いちゃって他のメイド達も集まってきちゃって、大騒ぎになっちゃった。

 

 その後……私に食材を食べさせたことでレミはたっぷりメイド長に怒られて……半日ぐらい正座させられてた。

 

 それを見た私は……勝手に怒ってた。わがまま言ったのは自分なのに、苦いの食べさせられてぷんぷんしてた。ざまぁーなんて思ってた。本当はごめんなさいと謝るべきなのに。

 

「レミ」飲み込んで、私は声をかける。もう、ピーマンは大嫌いじゃなくなっていた。苦手、ではあるけれど。

 

「はい? あと少しですからがんばりましょう」

 

「昔、ピーマン食べたいってわがまま言ってごめんね」今更、だけど。

 

 それを聞いた彼女は動きを止め、目を丸くする。

 

「ああ、覚えていらしたのですね。いえ、あれは私が生で食べさせたからです……本当は苦くないように調理してお出しすべきなのに、お嬢様を止めなかった私がわるいんです。申し訳ありません」逆にレミは頭を下げる。

 

「そんなことない。あの時の私はわがままだったから……食べさせてくれるまで駄々こねてたよ」

 

「いえ、それでも止めるべきでした。お嬢様をお世話するメイドとしてあってはならないことです。一線を越えて……まるで妹を甘やかす姉のような……そんなふるまいをしてしまいました」悲しそうにレミは告げる。

 

「おこってたよね……」

 

「いえ、そんなことは……ううん、今だから正直に言います。わがままなお嬢様に怒ってました。正座させられて激おこでした」ぷく、とほっぺを膨らませてレミは言う。

 

「だよね……本当にごめんなさい」私は頭を下げる。

 

「ありがとうございます。あやまってくださって……レミは嬉しいです。おかげであの時の怒りは、きれいサッパリ消えちゃいました」レミは私の手を取り、自分の手で包み込む。その笑みは、透き通るように美しかった。きゅん、と私の心がおどる。

 

「それに……レミのせいで、ピーマン苦手にさせてしまったので……がんばって克服してほしかったんです。お嬢様ほどの人が、ピーマン苦手なんて、一族の恥になってしまいますから」

  

「うん……」確かにピーマン苦手ってのをお父様、お母様が聞いたらぷんすか怒るかもしれない。

 

 

「で、ピーマン、最後まで食べていただけますよね?」にっこり、と今度は怖さを感じさせる笑みを浮かべて、私を見つめる。

 

「う、うん。ちゃんと食べるよ……ごほうびほしいし」と私は口を開ける。

 

「ふふ。昔と比べて素直になられて、レミは嬉しいです」にこにこと笑いながらまたピーマンを咥え、私の口元に持っていく。

 

 私はもう、嫌がらずにそれを素直に口で受け取り、ちゃんと噛んで食べる。レミを怒らせた罰にしては……この苦さはむしろやさしい。

 

 いつの間にか、私達は指と指を絡ませて手を握っていた。どっちから握ったんだろう。

 

 ……ちょん。くちびるの先と先がほんのちょっと、ふれあった。「あ……」と自分の顔が熱くなるのがわかる。「す、すみません……」とレミも顔を少し赤らめていた。

 

「さ、最後です……がんばりましょう」とごまかすようにピーマンを咥えて持っていく。口がふれあわないように、おそるおそる。わたしも恥ずかしくって少し、後ろに体をそらす。

 

 最後の欠片は小さくて、私は舌を出してそれを受け取ろうとする。あぶない、レミのくちびるをぺろりとしそう。

 きっとやわらかくて甘いんだろうなぁ。そんな思いを胸に、私は欠片を受け取る。

 

 ……しゃく、しゃくしゃく。最後の一欠片、よく噛んで味わう。レミの笑顔を見るためなら……こんな苦み、乗り越えてやる。

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