メイドとお嬢様の、アイの日々。
金魚屋萌萌(紫音 萌)
ピーマン残すなら口移しします!
前編 ピーマンのこしちゃ、いけません!
私はお嬢様である。生まれて十年程で、苦手なものはあんまりない。でも……でも、唯一嫌いなのが目の前にある。
お皿には……野菜炒めの残りのピーマン。丁寧に避けて残しておいた。
「また残しましたね……」私の横で腕組みをしているのはおかかえメイドのレミだ。私が物心ついた頃からずっとお世話をしてくれている。四年程年上で……基本的に優しいのだけれど、食べ物の好き嫌いだけは許してくれない。
「うう、だって嫌いなんだもん……苦いし」私は人差し指をくっつける。
「かわいくいじけたってだめです。ふむ、じゃあこうしましょう」ピーマンの一切れを取り、唇で咥える。
「えっ……なにするの」とレミは困惑する私の肩を両手で掴み、動けないようにする。
そのままゆっくり、私に顔を近づけてくる。まるで……まるで、キスをしようとする恋人のように。
まずい、このままだと口にピーマンが入っちゃう。私はあわてて口をつぐむ。
ぷに。ピーマンの先端が私の唇に触れる。
「のこふぁふ……ふぁめるのです」咥えながらレミは器用に話す。セリフにあわせてピーマンの先がぴょこぴょこ、揺れる。
じいいっ、と彼女は私の目を見つめてくる。……怖い、本気の瞳だ。こうなったら最後、私が素直に従うまでやめてくれない。
「ううう……わかった」私はいやいや目をつむり、口を開ける。ピーマンを見ながら食べたらより、苦くなりそうだから。
ぬる。生暖かいものが口の中に入り込む。ゆっくりと私の奥に、舌のうえに這ってくる。
あれ、これもしかしたら……レミとちゅーできる?
邪な期待を胸にそろそろと目を開ける。……残念。ちょうどレミは口を離すところだった。
「うぇ〜」と私は口を開けたまま少し泣きそうになる。舌の上にピーマンの苦味を感じる。
「ほら、ちゃんと噛んで飲み込むのですよ」
「ひゃだ〜」私はいやいや、と首をふる。舌に乗せるだけでこんなににがいのに、噛んだらよりにがいだろう。
「そんなに……嫌なんですか」レミは腰に手を当てて、ぷーとほっぺを膨らませてむくれる。……ちょっと怒らせちゃったかもしれない。
「……わかりました。お嬢様が食べたら、ごほうび差し上げます」その言葉に、私の心はゆれる。なんのごほうびだろう……そいねかな、それともお風呂一緒に入ってくれたり? いやちゅーしてくれるかも。
しゃく。がまんしてピーマンを一噛みする。青臭い苦味が口の中に広がる。うぅ、にがあぃ……。
しゃく、しゃく……ごっくん。ニ、三噛みして私は飲み込む。にがにがだけれど、がんばった。
「よし、食べましたね……では次」レミは残りのピーマンの欠片を咥えようとする。
「え、ごほうびは……?」
「まだだめです。全部食べたらですよ」レミはきっぱりと言い放ち、ピーマンを咥えて私に差し出す。
「う〜わかったよぅ……」私は観念して口を開ける。……どこかでちゅー、できるかもだし……。
ピーマンを口に運ばれる。我慢して噛んで飲み込む。それを何回か、繰り返す。レミは距離感を掴むのがとても上手い。お互いの唇がぎりっぎり触れないぐらいに近付けて止める。
私が少し顔を前に出せば……ちゅーできちゃうけど。でも、そんなことしたら本気で怒らせちゃうかもしれない。
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