自分の家より落ち着く場所はない

 世界は、上位者によって『混沌』から作られる。


 混沌というのがなんであるのか、それを知る術は世界の外を知らない者たちに無く。


 仮に知り、実際に感知した場合は、その情報量によって脳は焼き切れるだろう。


 混沌とは、上位者の力が漏れ出し、積もり積もって波となったもの。その一片でも触るか吸収してしまえば、その肉体は世界の一部をも巻き込む爆発を引き起こす。


 ただの世界の住人が耐えきれるはずもなく、抑えきれるはずもない力。それについて知るだけでも肉体がもたないほどの圧倒的な塊。


 世界を構成する絶対的な上位者の一部、それはただ世界に生きる者には毒以上の劇物だった。




 そんな混沌渦巻く世界の外。どことも知れぬ場所に、ボクたちは隠れ家を作った。


 隠れ家って言っても、小さな小さな、家が一つだけポツンとあるだけの真っ白な空間だけどね。


 混沌も何も無い、真っ白な無の世界。そこにただ一つ、色のある木造の家はこれ以上などないほどに浮いていた。


 家だけある白い空間って……自分で作っておきながら変なの。

 でも小さすぎて他のもの作れないし、何より面倒くさいしいいよね!


 ここを隠れ家と言う理由は、混沌の波が自然に他の視線を遮断する隠れ蓑となっているからだ。

 上位者に見つからず、別の世界へ行くために混沌を潜っていくボクたちの存在を即座に認識することが出来るのは、侵入した世界を作った上位者以外にいない。


 つまり、上位者たちはボクたちがその世界に侵入するまで、どこにいるのかわからないのだ。


 これほど滑稽なことはそうそうないよね。あの完璧な完全たる上位者たちが、ボクたちを見つけようとしても見つけられない。

 ボクという元被造物によって振り回されているという現実が、ボクの心に少しだけ色をくれる。






 というのは一部。理由の大部分は上位者たちに手を出されない心安らげる場所が欲しかっただけなのだが。


「うん、やっぱりここが一番落ち着くよ。楽しかったけれど、異物の中にいると気分がよろしくない」


 家の中にあるソファーへと倒れ、柔らかいクッションに沈んだ。


『行儀が悪いですよ?まずは手を洗ってうがいをしてください』

「あ〜い……」


 サリーのお母さんのような言葉に素直に従い、蛇口をひねって手を洗う。


 どこから水が出ているのかとかは突っ込んじゃいけない……ってわけじゃないけど、何も知らない人が見ると不思議な現象。まあ魔石を異物から奪って使ってるだけなんだけどさ。


 不思議も何も台無し。というかボクなんでこんなこと考えてるんだろ。


「サリー!そろそろご飯にしよ!」

『そうですね〜……うがいは?』

「あ」


 急いで戻ってうがいを始める。サリーはそこんところ厳しいんだよなぁ。


 ますますお母さんっぽい。いつものポンコツ具合は、いったいどこに行ってしまったのか。


「……なんて、お母さんの顔なんてもう忘れちゃったけどね」

『何か言いました〜?』

「なんでもな〜い!」


 うがいを終えて、サリーの所へ戻る。今日は何を食べようかな。ナライナは食べてきたし……マルゴニーツォにでもしようか。


「サリー!マルゴニーツォでもい〜い〜?」

『マルゴニーツォ……って、なんでしたっけ?』

「ボクが三つ前に壊した世界の……え〜と、麺のやつ!」

『……ああ、あれですか!分かりました、それにしましょう』


 マルゴニーツォ。それはエスカルゴンという魔物を使った料理だ。ボクが元いた世界で言うところの、クリームスープスパゲッティに大きな貝を入れたもので、かなり美味しい。


 名が似ているマルゲリータとの関係は微塵もない。言うほど似てない?そんなー。


 マルゴニーツォは、数多の世界の料理を食べてきたボクの好きな食べ物ランキング堂々の三位を誇る。ちなみにナライナは五位です。精進されたし。


 ポンッという音とともに二つの麺料理がテーブルの上に出現する。あったか出来たてのマルゴニーツォは、クリームのいい匂いがするから大好きなんだよね〜。


「うふふふふ。やっぱりいい匂い。これだけでご飯三杯はいけちゃう」

『う〜ん……私はナライナの方が好きなのですけど……』

「ありゃ、そうなの?でも前の世界で食べたばっかだし。また別の日にでもまた食べよっか」


 フォークを生み出し、クルクルと麺を巻いて、口に運ぶ。すると口いっぱいに優しいクリームの甘さが広がっていった。


「うまうま」

『久しぶりに食べましたが、これもこれで美味しいですねぇ』


 マルゴニーツォに舌鼓を打つ。美味しいねぇ…………。


『どうかしましたか?』

「っ……ん〜、ボーッとしてたよ」


 最近はこんなボーッとすることが多いな。ダメだ、いけない兆候だ。


「あぐあぐ……うん、ご馳走様。それじゃあ、ボクはもう寝るよ」

『わかりました。寝る前に歯磨きをしておいてくださいよ?』

「は〜い……」


 ま〜たお母さんみたいなことを。まったく、ボクを子供扱いしおってからに……。











『ボク』が入った部屋を、サリーは扉を少しだけ開け、こっそりと覗く。


「………………」


『ボク』はボーッとベッドに腰掛けたまま動かない。窓の外にある無の世界を、瞬きもせずに見続けて……いや、何も見てはいないのだろう。


 よくない。このままでは彼は終わってしまう。全ての世界を巻き込んで。


『…………』


 それだけは絶対に避けなければ。全ての世界のためにも。彼のためにも。


 世界を壊し再生することが彼の贖罪であるならば、彼という存在を保つことが私の贖罪。


 私が考え無しに彼を転生させてしまった、その罪を清算するために。

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