勇者さまご到着、だね!

 遠征は、魔族の生き残りによる侵攻を食い止め、これを撃滅するという内容だった。


 魔王が勇者によって倒されたことで魔族は散り散りになっていたが、再び魔族を再興しようと集結し戦を起こすことがあった。


 まだ魔族の支配から開放されたばかりの国々には戦えるだけの力が無い。

 そのために、勇者とその一行が鎮圧に向かったのだ。


 魔王を倒した勇者たちに魔族たちが勝てるはずもなく、あっさりと抑え込まれた魔族たち。勇者一行は国々に歓迎を受けながらも、リンザーラ王国へと帰還した。





 リンザーラ王国は火に包まれ、人一人見当たらない廃都と化していた。





「そっか、来たんだね。ごくろうさま」


 ボクの周りを飛び回る小さなフワフワ。ボクが壊した異世界にいた妖精の一種であるこれは、サリーの癒しにするために特別に壊さなかった子だ。


 そのためにサリーの力を使ったけど、工程といい実に面倒だった。消えるはずの存在を掬いあげるなんて精密作業、ボクは苦手だったから。


 でも探索とかには役に立つし、視界を共有して遠くの様子を見れるしで重宝している。


「サリー……サリー?」


 あれ、さっきまでそこにいたのに。どこに……ああなるほど。やっぱり優しいなぁサリーは。


 妖精を介して勇者たちを見る。そこには、勇者一行を必死に止めようとするサリーの姿があった。





『待ってください勇者方!この先へ、城へと向かってはいけません!』

「城にこんなことした奴がいるんだろ?なら、行かせてくれ。いや、アンタに止められても行かせてもらう!」

『ダメです、あなた方までも殺されてしまいます!彼はあなたをおびき寄せるために、国中の人々を皆殺しにしたんです!』

「ならなおさら行かないと!みんなを殺されて、黙っているなんてできない!」

「そんな幽霊なんてほっといて、さっさと行くわよ!」

「そうだ、絶対に許せねぇ!俺たちの国を……ヨウマ、早く行くぞ!」

「そうだな…ハナ、ススム!」

『…っ!待って!』


 魔術師の少女ハナと、大きな斧を持った少年ススムは頷き、城へと駆け出す。サリーは諦めずに呼びかけるも、三人は振り返らなかった。


『…………』

『もしもし、いま私はあなたへと語りかけています……なんてね』

『っ!?』


 妖精を介して言葉をとどける。サリーは妖精へと振り返ると、泣きそうな顔になった。


『サリーは優しいけど、今回はちょっと変かな?今までボクが壊してきた異世界人たちよりも、彼らを少し気にかけてるみたい』

『そ、それは……』

『なんでだろうね?まあそんなことはどうでもいいけど……ああ、ボクは怒ってなんかいないよ。どうせ来ると思ってたし。もし本当に離れようとするなら王女の首でも投げ込もうかって思ってたし』

『……相変わらず、ですね』

『もちろん、彼らを殺すためならなんでもやるよ。恨みも何も無いけれど、再生屋としては手っ取り早く彼らの魂を回収したいからね』


 ボクは念の為にと用意しておいた王女さまの首を投げ捨て、王様の玉座に座る。


『まあいいや、彼らはもうすぐここに来る。今までどおりに殺すだけだ。じゃあ終わったら呼ぶから、妖精さんと戯れててよ』


 妖精に回していた力を解除し、ボクは座り心地のいい玉座にグダーっと体を預けた。




『……仕方ないじゃないですか。彼らは私が選び、この世界へと導いたんですから…』




 魔王をも倒したんだ、何もない城内を駆け抜け、ボクのいる玉座の間に辿り着くにはそう時間はかからないだろうなぁ。


 階段を駆け上がる音が聞こえる。来たぞ来たぞ、勇者さまが来たぞ〜。


「っ!あれが……!」

「あら、子ども?あんなちっこいのがこんなことやったのかしら……」

「魔族かなんかが化けてやがるのか!?バカにしやがって!」


 ちっこいの……べ、別に傷ついてないし。これから成長する……ことはないけど。でも酷いなぁ!


「ボクはこれが普通なの。魔族じゃないし、罠でもない。ただキミたちが来るまでここで待ってただけ」

「お前が…やったのか……」

「そうだよ?」

「っ!」


 ボクが笑顔で肯定すると、勇者さまは一瞬でボクのそばへと迫り、ボクの首に剣を突きつけた。


「……殺さないの?」

「まだ、聞きたいことがある」


 おーおー、必死に怒りを抑え込んでるね。そんなことしても、そのうち抑えきれなくなって爆発しちゃいそう。その方がボクもやりやすかったんだけどなぁ。


「なぜ、みんなを殺した…?」

「さっきサリ……幽霊さんが言ってたでしょ!キミたちをおびき出すため、キミたちにボクを殺しにかかってこさせるためだよ!」

「そうかよ、なら今すぐに…」

「待ちなさいススム……それで?私たちにそうさせるのはなぜ?」

「キミたちを殺すためだよ!しっかりと心を折って、もう二度と異世界に来ようなんて思わないぐらいに!」

『っ!?』

「キミたち、この国の儀式でこの世界に来たんだよね。でも、ダメなんだよなぁ……自分が死んでも、さらに生きたいと思ってしまったでしょ?異世界にとは思っていなかっただろうけどさ」


 今ある人生に満足できなければ、もっと生きたいと思うことは必然だ。その生きたいという欲望は人間から、生物から消えることはないものだ。


 そしてその欲望に上位者は惹かれ、わざわざ異世界へ干渉する儀式を与えてまで呼び寄せる。


 生きたいと思っていない者は、上位者の暇を潰せるほどいい人生を送ることはそうそう無いからね。


 そもそも、異世界へと繋がるような儀式が、ただの人間たちにできるわけが無い。見出すこともありえない。


 そんな力を持っていたら自分の世界の危機なんて容易く防げる。上位者がそんな面白くもない運命を持つ世界を作るわけがない。


 そう、人間が娯楽として楽しむアニメや小説のように。


 主に暇潰しのために作られる世界が、上位者にとって面白くないことはありえないのだから。


「キミたちは知らないんだよね、異世界に行くことがどれほどのことなのか。でも大丈夫、知らないままでもいい。キミたちが生きたいと思わなくなるように、ボクが心を折ってあげる。魂にまで、刻み込んで…」

「うるせえ!」


 ススムさんが斧を振り下ろす。玉座ごとボクは真っ二つになり、床に大きなヒビが走った。


「さっきからベラベラと、何言ってんのかわかんねぇよ!生きることが、生きたいって思うことが悪いだぁ?ならお前だけ死んどけ!お前に俺たちのこと決められる筋合いなんざねぇんだよ!」

「こんな、こんな奴にこの国が滅ぼされたっていうの?ふざけんじゃないわよ!」

「…………」


 怒りに、身を任せるか。言葉を無くすか。正常な反応だよ。羨ましい。


「…っ!おい、おいおい!なんなんだよこいつは!?」


 近くにいたススムさんが、一番初めにボクの変化に気がついた。その声に他の二人もボクに注意を向け、驚愕の表情を浮かべた。


「ん……よいしょっと」


 ボクの二つに別れた体が別々に起き上がる。そして切断面を合わせ、ピッタリとくっついた。


「えへへ、左右別々の視点で面白かったけど、戦うならこうやって人型じゃないとね」

「人間じゃ…ない……?」

「え?ちょっと待ってよ。ボクは人間だよ?上位者の力を取り込んではいるけどね。まあとりあえず……やろっか」


 緊張感なんてない。そんなものは必要ない。いつも通り、この世界を壊す前座として、勇者さまたちを殺せばいいんだから。




 そう思わないと、こんなこと、とてもできないよ。


 ボクは右手に持ったモノを見ながら、とびっきりの笑顔を浮かべた。

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