何事にも潤いは必要……だよね?

 異世界転生で、転生者は何を望むか?


 勇者のような大活躍か、自分を癒してくれる美少女ヒロインか、はたまた戦いとは無縁のスローライフか。


 しかし、どれもこれが無ければ叶うことはほとんどない。


 そう、【チート】と呼ばれる超常的な力。


 それは無限の魔力や不老不死といったものから、効力が強すぎたり汎用性が高すぎるスキル。

 食した物の性質を得たり、強力な鑑識能力などなど、【チート】と呼ばれる能力は多岐にわたる。


 その力を使い、転生者は自分の望む生を貪る。これがないならば、神などの上位存在に生まれる先などを保証でもされていなければ転生する意味が無い。すぐに死ぬか、その世界での普通の人生しか送れないのだから。


 無論、上位者がそんなことを望むわけもなく。暇を潰せるように波乱万丈な人生を望むわけで。


 そういった理由で人には過ぎた力を与えて異世界へと送る。



 転生者の元いた世界と、転生先の異世界を犠牲に。



 世界内のエネルギーは絶対量があり、そのエネルギーは宇宙や生命の一つに至るまでに割り振られている。


 そのために、強大な力を持つ者が存在すれば、そのぶん他のモノに回される力は少なくなる。


 しかし異世界人は別だ。元々生きていた世界の力を魂に秘めているために、転移先の世界のエネルギー総量が絶対量を超えてしまう。

 そして、元々の世界ではそのぶん少なくなる。


 それによっても、世界は歪んでいく。世界とは上位者によって作られた『完全』の個。そのために少しのズレだけでも、その絶対性が揺らぎ、存在が保てない。


 崩壊し消滅するまでには、気の遠くなる永い時間がある。しかし、滅びることの無い物が滅びることになるというのはあってはならない事だ。


 異世界人は知らない。自分たちのせいで、遠い未来に全てが無くなってしまうことを。


 いや、知ったとしても異世界へと来訪する者は出るだろう。

 自分が、仲間が、家族が死んだりするわけではない。遠い未来の人々が味わう消滅を経験することができない彼らにとっては想像すらできないことだ。

 ならば、今の欲望を叶えようとする者が現れることは必然だろう。


 人は自分に実害が無ければ、自分に冷たい目を向ける者がいなければどんな事でも成してしまうのだから。


 本人も、周囲も知らない大罪。それをいったい誰が裁けようか。


 そう、上位者とボクしかいない。


 ボクは改めて決意を固め、足を運ぶ。目的地につき、懐に忍ばせていた手を出して……。













 お金をおばちゃんに出した。


「このナライナを二つください!」

「はいよ、熱いから気をつけな」


 ナライナと呼ばれる、熱々のパンを受け取る。中から顔を出すナラという魚の揚げ物から香る、とても食欲をそそる匂いがボクの鼻をくすぐった。


『美味しそうですね、早く帰って食べましょう!』

「おばちゃん、ありがとね!」

「もう常連さんだからねぇ、気をつけて帰るんだよ!」


 パン屋のおばちゃんに手を振りながら大通りを駆ける。そんなボクにフワフワと浮きながらついてくる女性は、口からヨダレを垂らしながらボクの手の中にあるナライナを凝視していた。


「まだダメだよ。ここで渡したら浮かぶナライナなんて怪奇現象が起こるからね」

『わ、わかってます!でも仕方ないじゃないですか!こんなに美味しそうな匂いを嗅いでしまったら……』

「そうだね、早く帰るよ!」

『あ、ちょっと待ってくださいよー!』


 走るペースを上げ、行き交う人々をかいくぐっていく。こういう時には、ボクの小柄な体は便利だ。


 道端で路地に入ると、壁を蹴って奥にある家の屋根に登る。拠点にしている空き家の窓を開けて入ると、置いてあるボロボロのイスに腰掛けた。


『もう!置いていくなんてヒドイですよ!』

「えへへ、ごめんごめん」


 女性が壁をすり抜けて部屋の中に入ってくる。もう気づいているだろうけど、彼女は霊だ。


 名はカカサリス。長いからボクはサリーって呼んでる。ボク以外の人には、特別な力を持っていないと見ることができない幽霊であり……ボクが力を奪うために殺した、ボクを転生させてくれた上位者、神様だ。


 彼女は優しい。ボクのやることに難色を示しつつ、殺したボクが寂しくないように旅についてきてくれてるんだ。


 そんなサリーは、魂だけの存在であるために娯楽が少ない。しかし流石は神様、霊体でも物を食べたり動かしたり、戦うこともできる。


 ボクの幽霊常識が崩れていくよぉ…。


『ハフッハフッ……んん〜っ!』


 ナライナを頬張るサリー。いいリアクションだ。ボクではあんなに食べ物一つで喜ぶことはできない。


「……そろそろかな」

『ングッ……本当に、やるんですか』

「当たり前だよ……この世界には長居しちゃったもんね。サリーも渋っちゃうか」

『うう……これには馴れないです…』

「もう何度もしてきたんだけどなぁ……でも、やるよ。明日に」

『きゅ、急ですね……わかりました。最後のナライナ、味わって食べます』

「そうだね」


 サリーは優しいから、心を痛めてしまうのも仕方ない。神様だからこそ、まだボクについてこれるだけ。でもやらないと。


 ボクも残りのナライナを口の中に詰め込んだ。これも最後かぁ……ま、別の美味しいものを見つければいいかぁ。



「それじゃあ明日、この国の人たちを皆殺しにするよ」

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