2


 三時間後、フォードを運転するトマジの助手席にはアイリーンが眠っていた。

 予約したセント・ジョーンズのモーテルに着くまで、まだ少し時間がある。

 トマジは三時間前のダイナーでのことを考えていた。


 「オレたちはもう戻らない」と、トマジが言ったあとのジョニーの表情は、予想通り怒りに満ちていた。しかし、驚いたことに彼は苛立ちながらも何も言わなかった。

 必ずひと悶着あると睨んでいたトマジは、正直拍子抜けした気分だった。

 彼は、ジョニーのアイリーンへの気持ちを知っていたから、幼馴染として話したのだった。


「所詮、ジョニーにはあの街を出る勇気も、アイリーンを口説く度胸もなかったってことか……」


 隣で静かに寝息を立てているアイリーンを横目に、トマジはひとり口元を緩めた。

 一瞬、彼の脳裏にあるイメージが浮かんだ。去り際に見たテーブルの上のカンガルーのアイスクリーム。ジョニーの背中越しに見えたそれが、妙に悲しそうに映っていたことを思い出す。

 しかし、トランクに積んであるスポーツバッグのことを考えると、彼の口元は再び緩んでいくのだった。


 街の有力者のパックマン。常に黒い噂の付きまとうこの男の元にトマジが出入りしていたことを、アイリーンは勿論、ジョニーも知らなかったのだろう。


「パックマンさん……」


 彼は幼くして父親を亡くしていた自分にとって、パックマンがどんな存在だったのかを考えてみた。

 この世界では、すぐに行動を起こした者が勝者となり、遅れを取った者は勝者の餌食となることを教えてくれたのは、他でもないパックマン自身であった。


「……オレは、あんたに言われた通り、ただすぐに行動を起こしただけだよ……」


 トマジは自分に言い訳をするように呟いた。

 視界の先には、今夜泊るセント・ジョンズの街の光が穏やかに浮かび上がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る