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十分程車を走らせると、寂れたダイナーが見えてきた。
フォードを店から少し離れた路上に停めると、二人は中へと入った。
「トマジ! 新作を作ってみたんだ! 食べてみてくれよ!」
ダイナーに入るとすぐに、若い男性の声が店内に響いた。彼はトマジたちが来るのを待っていたようで、銀色のトレイに奇妙な形のアイスクリームを乗せて二人に近づいて来る。
トマジたちは入り口近くの席に座って、その男性の持って来たアイスクリームを観察する。
犬のような動物の形をしたアイスクリームが、コーンにちょこんと乗っていた。
「まあ、可愛い! カンガルーね、これ!」
アイリーンは、嬉しそうに目を輝かせる。
「だろ! 流石、アイリーンは見る目があるね!」
「でも、何でカンガルーのカタチなんだ? それにコーンを残す必要はないだろう、皿の上に」
カンガルーの耳の辺りをスプーンで掬いながら、トマジは尋ねた。
アイリーンの前では、彼はジョニーに対して出来る限り普通に接するよう努めてた。
「何処か遠くへ行きたいからさ。オーストラリアとかね。オレの夢をカタチにしてみたのさ」
ジョニーはそう言って笑った。勿論、アイリーンへ向けて流し目をすることを忘れれないで。
今年でジョニーは二十二歳になる予定だが、高校生だと言っても誰もが信じただろう。
アイリーンに熱く自分の夢を語るジョニーを、トマジは何も言わずに無表情で眺めていた。
彼はずっと前から気づいていた、ジョニーの本当の気持ちに。
「……」
トマジ、アイリーン、ジョニーの三人は幼馴染だった。三人はいつも一緒だった。小さな街で日が暮れるまで一緒に遊び、学校に行き、時に喧嘩をした。
傍から見ていたら、仲の良い三人組のように映っていただろう。
しかし、三人の関係は実際には違っていた。
三人でいた二十数年間の年月は、瞬く間に過ぎ去っていった。少なくともトマジには、そう感じられた。
しかし今、彼の新しい人生の一頁が始まろうとしている。
「……トマジ、聞いているのか?」
突然のジョニーの声に、トマジは現実へ戻される。いつの間にかアイリーンは席を外していた。
彼はジョニーの生温かい息が耳元に吹きかかってくるの感じると、顔を顰めた。
「パックマンさんが言ってたんだけど、来週辺り良い仕事があるってさ。銃は使わなくて、払いもいい。やってみないか?」
自分では決して悪事には手を貸さず、他人に仕事を紹介して紹介料を得る。その結果、相手が捕まろうが、殺されようが関係ない。ジョニーのいつものやり口だった。
トマジは、ジョニーに仕事を紹介されて警察に捕まったリッチーという十代の少年のことを思い出した。
「ジョニー、今日は話があって寄ったんだ……」
「あん?」
ジョニーの顔色が一瞬で変わった。アイリーンのいないときに見せる彼の表情には、いつも暗い影と嫌悪感が浮かび上がっていた。
自分の話に途中で割り込まれたからか、ジョニーの声には明らかに苛立ちが感じられた。
トマジはそんな彼を気にすることもなく、左手首につけた腕時計に目を遣る。時計の針は、午後五時三十五分を指していた。
彼は視線をゆっくりとジョニーに戻すと、静かに口を開いた。
「オレとアイリーンは、今日街を出て行く。そしてオレたちは、もう戻らない……」
感情の込もっていないトマジの声が、客のない店内に響いた。
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