オレたちはもう戻らない

Benedetto

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 土曜日の午後五時、トマジは古いフォード車を転がしていた。

 通りを流しながら、感慨深げに自分の生まれ育った街、リトル・フェイスを眺める。

 お馴染みが経営するレコード屋、知り合いの食料品店、古くさいレストラン、名前の解らない植物と共存している廃屋のような図書館……。二十年以上住んでいた街は、彼の神経を無感覚にしていく。

 毎日同じ仕事に同じ仲間、同じ会話に同じ人生。彼にとって、この街には夢も希望もないように思えていた。

 

「リトル・フェイス……。オレには無理だね、全く」


 通りの角に立っている女性たちに、トマジは目を遣る。

 土曜日にしてはかなり早い時間から、彼女たちは生活のために通りに出て立っている。

 懐が温かくなった土曜の夜に、淋しさを紛らわしてくれる一時の喜びを求めてやってくる男たちを待っているのだ。

 半分開けたフォードの窓から、通りの生ぬるい風が入ってくる。

 トマジは車の速度を緩めた。

 そして集まっている女性たちの中に知った顔を見つけると、大声で叫んだ。


「おい! アイリーン!! おい!」


 群れの中からひとりの若い女性が振り向くと、嬉しそうに車に駆け寄ってくる。


「トマジ、もう仕事は終わったの? 今日は早かったのね。でもなんで、今日はここの通りで待ち合わせたの? いつもの場所のルーの店でも良かったのに……。ねえ、荷物トランクに入れてもいい?」


 まだ何処か幼さの残るその女性は、拗ねたような顔をトマジに向ける。

 「いや、後ろに乗せればいい」と、彼は短く答えた。


「それに、今日はここで良かったんだよ。その方が奴らに気付かれずにすむ……」


 後部座席に荷物を入れるアイリーンをバックミラーで確認しながら、トマジは聞こえないようにそう呟いた。

 彼女が助手席に乗り込むと、「今日は特別なんだ……」そう言って彼はアイリーンの額に軽くキスをした。

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