イクシオン⑤

 イクシオンとシュリの結婚が決まった。


 しかし、それよりも先にイクシオンの爵位による領地が与えられる。


 まだ開発が進んでいた東の土地で、強力な魔物を従えるイクシオンだからこそ、与えられるべき土地だった。


 イクシオンの頑張りもあり、東の地は平穏になり、すぐにベルン領が誕生する。


 ベルン領が完成する頃に、イクシオンとシュリの結婚式が開催される予定だった。




 しかし、その日がやってきた。


 北の空を埋め尽くす黒い煙。


 それはディアリエズ王国やバルバロッサ辺境伯領からでも見えるほどに大きく、それが何を意味するのか、全ての人がその正体を知っていた。


 禍々しい気配。それは人類が生まれながら持つ拒否感。


 人族を絶滅させるための――――『呪魔術』であった。


 バルバロッサ辺境伯領では緊急会議が開かれる。


 これはただの戦争ではなく、人類に対する警告だと全員が理解していた。


 そこでバルバロッサ辺境伯はセイント神聖国に何かがあるかも知れないと、戦力を送ることに。


 それはディアリエズ王国全体での意見でもあった。


 王国並びに辺境伯領からも大勢の軍勢が東に向かう事となる。


 もちろん、その中にイクシオンの姿もあった。


 結婚を控えているはずのイクシオンだったが、いまのイクシオンはシュリを守るために戦いに挑んでいた。


 一緒にいくと涙を流す妻を置いて、ベルン領を任せたイクシオンはケルベロスと仲間達と共にセイント神聖国を目指した。




 大勢の王国軍がセイント神聖国を目の当たりにする。


「何という残虐な…………」


 目の前に広がっていたのは、瓦礫の山になっている町だった。


 人同士の戦争では決して見る事ができない光景が目の前に広がっている。


「セイント神聖国から魔王が現れたと噂だったけど、魔王の力がここまで強大なんて…………」


「ん? あそこに誰かいるぞ?」


 イクシオンの仲間が指さした場所には、一人の大きな身体を持つ男が悲しい目で跡地と眺めていた。


「わふっ」


 イクシオンの頭に乗っていたケルベロスが男に向かって走った。


「なっ!? 魔王の手先…………ではないか。それにしてもこの犬は!?」


 驚く男だったが、すぐに現状を理解し納得したかのようにケルベロスの頭を撫でる。


「初めまして。僕はイクシオン。ケルベロス様の仲間で魔物使いです」


「ケルベロスと…………凄いな。俺はグラハム。勇者をやっている」


「なっ!? 貴方が勇者様!?」


「がはは! 勇者様なんて偉いもんじゃねぇぜ」


 そう話す男は再度瓦礫の山を見つめた。


「俺は何も守れやしなかった。あの魔王を必ず倒さないといけない…………そのためにずっと修行していたんだ。その結果がこれだ。俺は何も守れていない……これが勇者であるものか」


 イクシオンはその瞳から深い悲しみを感じた。


 それはかつて追い出された自分に似てて、何もできない自分への怒りと、もう二度と会うことがない人達への悲しみであった。


「グラハムさん…………悪いのは魔王です。守れなかった自分を責めないでください。ですが、まだ終わったわけじゃありません」


「そうだな。まだ俺達の背中には多くの人々の命が残っている」


「はい。僕達もグラハムさんを応援します。必ず魔王を一緒に倒しましょう」


「…………ああ。魔王をぶっ飛ばしてやろう」


 二人は握手を交わし、魔王との戦いを誓った。




 それから幾度の魔王の手先との戦いを繰り返す。


 魔物や魔の種族との激しい戦いでイクシオン達は大勢の仲間を失いながらも、また新しい仲間ができ、遂には魔王の一歩手前まで追い詰める事ができた。


 しかし、このままでは戦力が足りないと判断したグラハムは、ケルベロスとイクシオンに西に住んでいる火竜に応援を頼むように頼んだ。


 ケルべロスは快く承諾して、グラハムが前線で戦っている間に、火竜『キュシレ』を仲間にするために。


 初めて火竜を前にしたイクシオンは、その圧倒的な姿に足が竦んでしまったのだが、ケルベロスが何かを話しかけると火竜も参戦する事が決まった。初めて火竜の背中に乗り込んだイクシオンは、領地に残してきたシュリの事を思い出して、必ず帰ると誓う。


 イクシオン達が前線に着いた頃には大きな戦いが広がっていて、すぐに応援に駆け付けた。


「イクシオン!」


「グラハムさん! 遅れました! 火竜様も戦いに参戦します!」


「助かった!」


 その勢いもあり、人族は魔王を追い詰める事に成功。


 遂にグラハムと魔王の戦いとなった。




 グラハムと魔王の壮絶な戦い。


 イクシオン達の応援もあり、多大な被害を出す事にはなったが、人類は遂に魔王を撃つ事ができた。




 ◇




「グラハムさん……」


 死んだ魔王の亡骸の前で涙を流しているグラハムに近づくイクシオン。


「…………こいつは俺を慕ってくれる兄想いの弟だったんだ」


「はい…………」


「でも魔王になって、王国を殲滅すると言い出したそうだ。最初に呪ったのは俺の名前だそうだ」


「…………」


 グラハムと魔王。二人は奇しくも兄弟であり、セイント神聖国の王子であった。


 王位を継ぐはずのグラハムだったが、極秘裏に才能開花して『勇者』を授かった事で、いつか現れるであろう魔王に対抗するために、グラハムは山の奥で修行を積むことに。


 兄想いであった弟は、周りからの反対を一身に受けながら王位を継ぐために奮闘したのだ。


「もしかしたら魔王も俺のせいで生まれたのかもな…………」


「いえ、グラハムさんは頑張りましたよ。魔王は生まれるべくして生まれたんだと思います。人族を滅ぼすために…………。グラハムさんはこれからの未来の人族を守ったんです。胸を張りましょう」


「そうだな…………そういや、魔王に付いていた魔の者達はどうするつもりだ?」


「彼らをこのままここに住まわせてしまうと、人達の恨みを買いかねません。苦肉の策ですが…………西の土地で住まわせようかと思ってます」


「西か。呪われた大地か」


「はい」


 ディアリエズ王国の西側に呪われた大地がある。


 強力な魔物が生まれても、その大地を守るかのように土地から出ることはない。


 生きるのも大変な呪われた大地に、魔王に加担した魔の者達を追いやる事を決め込んだ。


 それはイクシオンだからこそ、人族から彼らを守るために決めた事でもあった。


 魔物使いであるイクシオンが受けた仕打ちのように、それらから魔の者達を守るために。


「分かった。彼らは俺が連れていこう」


「!?」


「少なくとも魔王が生まれたのに俺も責任を感じている。だから彼らを導いて西の大地に行く。それで少しでも弟が報われるようにな」


「……分かりました。たまに会いに行きますね」


「ああ。待っているぞ」


 そうしてイクシオンとグラハムの戦いは幕を閉じた。


 二人は希望を胸にそれぞれの役割のために歩き出す。


 しかし、二人が会うのは――――――それが最後であった。






「っ!?」


 一人になったイクシオンは、突然の頭痛に倒れ込む。


【貴様らに安寧は訪れない】


「だ、誰!?」


【そうか……貴様には魔の者の声を聞く力があるのか】


「この感覚……まさか! 魔王!」


【如何にも。我は魔王である。人族を滅ぼすその日まで、我は存在し続ける】


「絶対にそうはさせないっ!」


 イクシオンは魔王の気配を手放さず、自分の中に閉じ込める。


【がーはははは! 貴様の力で我を封印しようとするのか! だが、それは叶わない!】


「闇の力はグラハムさんが全て封印したはず! もうお前は復活できない!」


【くっくっくっ。我がここにいる。それが真実。これから貴様の身体ごと我のモノにしてやろう】


 心の中に光を灯すイクシオンは、魔王を自分の中に封じ込める。


 本来なら弱った残り精神の魔王を封印できるはずだった。


 しかし、そこでイクシオンも、魔王本人も予想だにしなかった出来事が起きる。


「えっ!? 光の……力!?」


【我の中に……光の……力?】


 魔王の中に見えた光の力に二人とも驚く中、イクシオンの身体に光の力が宿る。


 しかし、その力は魔王の本当の力であり、気づけばイクシオンの意識は魔王のモノになっていた。





(シュリ……………………)


 薄れていく視界の中、イクシオンは最後まで最愛の妻を想った。

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