イクシオン④
ケルベロスがエグザ街にやってきてから数か月後。
エグザ街は数か月前から姿を大きく変え、安全な街と変貌した。
その一番の立役者となったのが――――――
「これから授賞式を行う!」
男の声が広場に広がると、大勢の人から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
バルバロッサ辺境伯が高台から、目の前に跪いているイクシオンとペインがいる。
「両名はエグザ街の発展のため、王都から物資の搬入から領民の生活を大きく支えてくれた! 二人にはその功績を称えて、褒美を与える!」
それを祝うかのような二度目の拍手が鳴り響く。
「まず、ペイン。そなたにはバルバロッサ辺境伯領の商会権利を与える!」
「!? あ、ありがとうございます!」
「バルバロッサ辺境伯領の東に空き領がある。そこを拠点にすると良いだろう」
ペインは嬉しそうに右こぶしを空高く突き上げる。
周囲の領民達から黄色い歓声と共に拍手がペインを祝った。
「次に、イクシオン! そなたは我が領の中でも最も活躍した魔物使いである事は明白! 魔王ケルベロスから領民を守り、多くの魔物と共に領民達のために頑張ってくれた功績は歴史でも類を見ない活躍だろう! バルバロッサ辺境伯として、イクシオンに――――――ベルン男爵位を与える事とする!」
辺境伯の言葉に広場は一斉に歓声が上がり、周囲にいた領民達が我慢できず、イクシオンに向かって雪崩れてきた。
驚くイクシオンをよそに、彼らはイクシオンを胴上げしながら「ベルン男爵万歳!」と、わが身のように喜び始めた。
その日は、ベルン男爵家の誕生に街が賑わい、宴会となった。
◇
宴会の終わり際。
「おい、イクシオン」
「ん? どうしたんだ? ペインくん」
「おいおい、どうしたんだ? ――――じゃねぇよ! シュリの事を放っておいてどうするんだよ」
「シュリ? シュリがどうかしたのか?」
「ど、どうかしたのかじゃねぇ! お前な。男爵様になったんだろう?」
「そう……なるのかな?」
まだ現実味がないイクシオンは、爵位を得た現状を受け入れきれずにいた。
「はぁ…………男爵様ともなればさ。奥さんも貰わないといけないだろう?」
「お、奥さん!?」
思わず大声をあげてしまったイクシオンに、宴会を楽しんでいた周囲の領民達がクスクスと笑い始めた。
みんな、イクシオンとシュリの事を知っているからこそ、暖かく見守っている。
「シュリちゃんをこのままずっとあのままにするつもりか?」
「そ、そう言われても…………僕なんかと結婚しても
「ばかっ! シュリちゃんの想いが未だ分からないのか!?」
「へ? お、想い?」
「あのな。いくら幼馴染とはいえ、追放された幼馴染を追いかけて、実家を飛び出してこんな辺境の地まで来ているんだぞ? そりゃガロデアンデ辺境伯領だったらさ、王都より発展しているから分かるけどよ。バルバロッサ辺境伯領はイクシオンも知っているように、まだまだ発展もしていない田舎だったんだぞ? そこにわざわざ付いて来ているんだぞ?」
「それはそうなんだけど…………それはシュリが心配性で…………」
「ばーっ! 心配したくらいでこんな過酷な地に来るかよ! 普通! 元令嬢様だぞ!?」
どこまでも自分を持ち上げないイクシオンにペインが本気で怒り、それを受けてイクシオンも少しずつ心が動き始める。
そんなイクシオンの視線の先に、シュリが映った。
彼女は笑顔で領民達と談笑をしていた。
「楽しそうにしているけど、どこか不安もあるんだよ」
「不安?」
「…………イクシオンは、いまやバルバロッサ辺境伯領一番の魔物使いであり、男爵様だ。元令嬢とはいえ、家を出て来た以上、ただの平民である彼女はもうイクシオンと関りを持てないんだよ」
「えっ!?」
「そりゃ、幼馴染だから関わりを持てるかも知れないが、貴族となってしまったイクシオンには、これから縁談が沢山くるはず。そうなるともうシュリちゃんにチャンスはないからな」
「…………」
「まぁ、最終的に選ぶのは男爵様な訳だが、このま――――――――ふふっ」
ペインの言葉が終わる前に、その場を立ち上がり真っすぐシュリに向かう彼を、優しい笑みを浮かべて見守る。
「ん? イクシオン?」
「しゅ、シュリ!」
「ふふっ。男爵位おめでとう!」
「えっ? あ、ありがとう」
「イクシオンがもうこんなに凄い人になるなんて、幼馴染として凄く嬉しいよ」
シュリとイクシオンの会話に、周囲の領民達が自然とその場から離れた。
気づけば、二人だけの世界になっている。
「これなら、もう私が面倒見なくていいわね!」
「そ、それは…………うん。そうだね」
「ふふっ。これからも領民を守る良い男爵様になってね?」
「…………ねえ、シュリ」
「うん?」
「――――――も、もしよろしければ、ぼ、ぼ、僕の! お、お嫁さんになってくれませんか!」
イクシオンの全力の叫びが静かになった広場に広がる。
「え、えっ!? で、でも…………私は普通の平民だよ?」
イクシオンが拳を握りしめる。
「僕は、シュリがいないと…………この先も何を守っていいのか分からない! これからもシュリを守って生きたい! だから、僕の隣にいてほしいんだ!」
「イクシオン…………」
「だから、僕のお嫁さんになってください!」
深々と頭を下げるイクシオン。
そんな彼に近づいた彼女は深々と下げられた頭を抱えた。
「はい…………こちらこそ……よろしく…………お願いします」
彼女は両頬に大きな涙を流しながら嬉しそうにそう答えた。
直後、領民達の歓声が再度エグザ街を包んだのは、言うまでもない。
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