第210話 大魔王と神と女神

 大泣きしたジクシアさんが落ち着いて、彼女は自分の事を話してくれた。


「ジクシアさん。分かりました。約束通り、ジクシアさんの罰は僕も一緒に受けますから」


「本当にいいの?」


「はい。なのでジクシアさんもちゃんと受けてくださいね?」


 彼女は大きな瞳をパッチリと開いて僕を見つめて大きく頷いた。


「それじゃまず一番怒られないといけないのために頑張りますか」


「頑張る?」


「はい。ジクシアさんの力も貸してください」


「分かった。何をしたらいいの?」


 そして僕は右手を空の彼方に向けた。


「へ?」


「一緒に行きましょう」


「ええええ!? で、でも、いくらクラウドくんでも……」


「大丈夫。ジクシアさんが力を貸してくれれば問題ありません」


「…………ん。分かった」


 彼女の左手が僕の右手を握る。


 …………あとでティナにめちゃ怒られるかも知れない。


「本当に行くのね?」


「はい。行きましょう」


「分かった」


 彼女は大きく深呼吸をすると、美しい灰色のオーラを燈し始める。


 そして、僕とともに空の彼方に飛び上がった。




 ◇




「す、凄い! 綺麗!」


 知らなかったけど、この世界って前世の地球にとても似てる。


 大きさは多分地球よりも遥かに小さいとは思うけど、美しい球体の青い星が僕の足の下に見える。


 ここは僕達が住んでいる世界の遥か上空。前世でいう宇宙空間だ。


 ただ、一つ違うのは、明確に宇宙とは違うという事。


 なぜならここは無限に続くように見えて、実は小さな箱庭になっている。


 僕は視線を戻して世界から反対側を見る。


 そこには眩い光が一つ、その隣に真っ黒い光が一つあった。


「彼らが例の?」


「うん」


「光の神テュポーン。闇の神エキドナ」


 僕の声に答えるかのように光がうねり始める。


 そんな彼らに僕のオーラを少し送ると、目の前に見えない結界が硝子のように割れる。


 二つの光はどんどん大きくなり、すぐに形作る。


「ぐあーっ! 長かった! ようやく世界に戻って来れたぞ!」


「がーははははっ! 人間! でかした! 褒美を遣わすぞ!」


 大きなドラゴンが二体。真っ白いドラゴンがテュポーンで真っ黒なドラゴンがエキドナだ。


 隣にいるジクシアさんが少し震えているが、彼女の頭を優しく撫でてあげて落ち着かせる。


「えっと、テュポーンとエキドナでいいのかな?」


「ほぉ、人間風情が我を呼び捨てとは…………最近の人間は出来が悪いのぉ!」


 エキドナの大きな尻尾が僕に叩き込まれる。


 大魔王の状態じゃなかったら、一撃で危ないかも知れない。でも大魔王状態となった僕なら簡単に避けられる。


 すぐにエキドナの頭の上に移動する。


「正拳突き!」


 エキドナの頭に拳を直撃させる。


「ぐわああああああ! い、痛いいいい!」


「ん? エキドナ。貴様。眠り過ぎて弱ったな?」


「そ、そんな馬鹿な!?」


「テュポーン。君も他人事じゃないからね?」


 今度はテュポーンの頭に正拳突きを叩きこむ。


 エキドナ同様大きな声をあげるテュポーンだ。


 そこから二体には反省するまで正拳突きと平手打ちを何度も叩き込む。


「ひぃ……クラウドくん…………恐ろしい子…………神すら相手にならないの…………」


 ジクシアさんが僕を見て震え上がっている。


 全ての元凶となったのは、光の神テュポーンと闇の神エキドナの痴話喧嘩・・・・から始まる。


 そのせいで地上の色んな種族が二分して戦いを始めたのだ。


 だからその罰を二体には受けて貰う。


「い、痛いよおおお! 助けて! ママ!」


「ママ! 痛いよおおおおおお」


 何度か体罰を課すと二体は大人しくなった。


「テュポーン兄様……エキドナ兄様…………」


「ジクシアか……」


「ごめんなさい。本当にごめんなさい」


「…………」


「ジクシアさんが謝る事じゃないです! テュポーン! エキドナ!」


「「は、はいっ!」」


「君達が喧嘩なんかするからが困ってるでしょう! 兄なら妹を誰よりも大切にしないといけないでしょう!」


「「そ、それは……」」


「それに君達のおかげで、お母さんも大変な事になったんだからね!?」


「「うぅ……」」


「二人にも罰を受けて貰うからね?」


「「はぃ…………」」


 二体とも諦めてくれたみたい。


 早速二体を僕の従魔として迎え入れる。


 僕の中にロスちゃん達とは違う従魔――――テュポーンとエキドナを感じる。


「ポンくん。ドナくん。これからよろしくね」


「「は~い! クー様!」」


 すぐに懐いた。














「初めまして……というのは不思議ですね」


 僕の声に答えるかのように、目の前の美しい女性がゆっくりと目を覚ます。


 見たモノ全てを祝福するかのような慈しみの微笑み。


 さらに僕は何度も見ていたその顔。


「クーくん。私の息子達と娘を助けてくれてありがとう」


「いえいえ。でもまさか…………貴方が女神様だとは思いもしませんでした」


「うふふ。そうだよね…………クーくん。ごめんね? 色んなモノを背負わせてしまって」


「いえ。それよりも」


「それよりも?」


「――――ありがとう」


「えっ!?」


 僕も満面の笑みで答える。


 言わなくても通じる事はある。


「こちらこそ……ありがとう…………クーくん……」


 彼女の頬にも大きな涙が流れた。











「それはそうと」


「へ?」


「女神様。そこに正座してください」


「あれ?」


「早く!」


「は、はひ!」


 女神様が僕の前に正座する。


「全く! 女神様はどうして娘さんを一人だけ残してこんな事をしたんですか!」


「だ、だって……だって…………私ではポンくん達を止められなくて……」


「それでもちゃんとシアちゃんと話し合うべきでしたよ!」


「そ、それは……」


 隣のジクシアさんも大きな涙を浮かべて女神様に注目している。


「女神様」


「う、うん……」


「もう過ぎた事は戻りません。ですけど、女神様の頑張りで僕はこうしてここに来れました。だからこれからは悩まないでみんなで相談して話し合って、それでも時折喧嘩もするかも知れませんけど、でも――――――家族じゃないですか。だからこれからもみんなで仲良くしてくださいね?」


「――――――うん」


 涙を流す女神様にジクシアさんが「お母さん!」と大きな声をあげて抱き付いた。


 女神様はジクシアさんに何度も謝って、それを見たポンくんとドナくんも一緒になって謝った。


 こうして、長い時をかけて続いていた神々とある家族の壮大な戦い痴話喧嘩は終わりを迎えた。

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