第209話 大魔王降臨

「…………ウサギ?」


 夜空に浮かび上がるのは、灰色をした人型ウサギ。


 ちょっと可愛いと思うが、全身から溢れているオーラは人からかけ離れた強烈な威圧感を放っている。


「神装モード。久しぶりにやる」


「それが貴方の本気なんですね」


「ん。君もそろそろ全力出した方がいいよ」


 紅蓮の外套を展開させると、真っ赤な炎で周囲が明るく照らされる。


「へぇ~やるじゃん~」


 相変わらずのんびりとした口調。


 思いっきり右手にオーラを集中させて、彼女に殴りかかる。


 本来なら女性に手を上げるなんてとんでもないけど、彼女の力は僕が予想している以上に強いようで、僕の殴りをいとも簡単に防いだ。


 数十に渡り攻撃を試みるも、彼女には全く通用しない。


 防戦一方だと思われた彼女の目が一瞬光ると、僕の身体は空中に投げ飛ばされていて、腹部から強い痛みを感じた。


 痛みを認識する頃には、僕の全身は真っすぐ飛ばされ地上の砂地に激突すると、周囲に大きな物音とともに砂の爆風をまき散らした。


「…………人が神を超える事は出来ない」


 彼女は可愛らしい右手を遥か北側に向ける。


 手のひらに灰色の光が収束すると、レーザービームのような魔法が空の彼方に放たれた。


 僕は急いで全速力で彼女に攻撃を仕掛けるが、強烈な魔法は空の彼方に放たれた後だった。


「貴方はどこまでも人を弄ぶつもりですか!」


「あの女が愛した人類など、滅んでいい」


「絶対に滅ぼさせません」


「弱い君が私に勝てると?」


「僕一人なら弱いかも知れません。ですが僕には仲間がいます」


「ふぅん。君の仲間が来る前に私が勝っちゃう~」


「では僕も本気・・を出します」


「へぇ……」


「みんな! 初めて実戦になっちゃうけど、お願いね!」


 僕は誰もいない空に向かって大きな声で話す。


 彼女は奇妙な目で見る。


 それもそうだよね……だって誰もいないからね。


 でもそれはちゃんと伝わって・・・・いる。


【ご主人。いつでもいいよ】


【ご主人様! いつでもどうぞ~】


【主! どうぞ!】


【旦那! いきます~!】


【拙者もいつでも行けます】


 僕の従魔達の声が届いた。











「――――ちょうきょうし奥義。大魔王降臨」




 僕のオーラは宇宙の形に似ていて、中央の僕のオーラを従魔達が星のようにぐるぐる回っている。


 従魔となっているロス、ロク、クロ、スラ、ガイ。


 5体の従魔達のオーラが僕のオーラの世界と繋がりを持つ。


 ロスちゃん達の凄まじいオーラが僕の中に繋がってくる。


 普段から仲良くしているけど、僕達は一つではない。


 でもこうして繋がる事によってロスちゃん達の気持ちが一つ一つ伝わってくる。


 ふふっ。ロスちゃんったら、毎日美味しいご飯食べれて僕と一緒にいて楽しいと思ってくれているみたいだ。




 ゆっくりと目を覚ますと、目の前のジクシアさんが少し引き攣った表情で僕を見つめている。


「ジクシアさん」


「う、うん?」


「ジクシアさんに何があったのかは僕には分かりません。でも僕はジクシアさんが決して悪い人じゃないと信じてます。ここまでミナトさんを弄んだ事。それによって大勢の人が亡くなったのは事実です。ですからジクシアさんにはちゃんと罰を受けて貰います」


「っ…………」


「では、僕の本気。行きます」


「っ!」


 ロスちゃん達のオーラと一つになった僕は、既に彼女の強さを上回っている。


 彼女の前に立っても一瞬の出来事に反応出来ず驚く。


 すぐに僕に殴り掛かるも、どの攻撃も僕には決して通用せず、たった一瞬で何十何百と攻撃されるけど、僕は傷一つ付かない。


 彼女の息が乱れた瞬間。僕の右手が彼女のおでこに伸びる。


 僕の中指のデコピンが彼女のおでこに直撃する。


 音だけで地が割れそうな大きな爆音が周囲に響く。


「い、痛ぃぃぃぃぃぃ!」


 次は左手のチョップを彼女の頭に優しく叩き込む。


 さっきと同じく爆音とともに、彼女の真下にある地上部に衝撃波が当たり、砂が周囲に広がって行く。それだけで衝撃の大きさが分かるほどだ。


「痛いいいいい!」


「痛いでしょう? でもみんなも同じ事を感じてるんですよ?」


 頭を抱えて少し涙を浮かべた彼女の頭をそのまま左手でわしづかみにして、右手でティナから教わった必殺技を叩きこむ。


「えっ? や、やめ――――――」


「ジクシアさん。もう悪さはさせません! ティナ直伝。ちょうきょう平手打ちビンタ!」


 彼女の左頬に僕の右手の手のひらが叩き込まれる。


 叩かれた方向には空間が歪み目視できるほどの強い衝撃波が放たれる。


「う、うえーん! 痛いよ! ものすごく痛いよおおお!」


「はい。それが痛みです。みんな痛いのは嫌なんです。だから一生懸命に生きていくんです。みんな必死に生きて行くんです。それをジクシアさんは自分の都合で弄んでいたんです」


「でも! でも! 私だって!」


 僕が右手をあげると、彼女がまた叩かれると思って両目瞑り身体を丸める。


 そのまま叩――――――く事はしない。


 彼女の頭に優しく右手を乗せる。


「ジクシアさん。みなさんにごめんなさいしましょう? 大丈夫。僕も一緒にごめんなさいしてあげますから」


 彼女はゆっくり目を開けていく。


 可愛らしい瞳からは小さな涙が浮かんでくる。


「どうして?」


「ジクシアさんがやった事は決して許される事ではありません。でも……ジクシアさんもちゃんと理由があってやったんでしょう? 僕がちゃんと聞きますから。そうすれば、僕もその罰を一緒に背負います。だからどうしてこういう事をしたのか教えてくださいね?」


 彼女は答えないまま、ただ大きな涙を流した。

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