第207話 如月湊

 ティナとハーレクイン枢機卿が激突を始めた。


 上空に白い光と紫の光がぶつかり合う。


「ティナ! ハーレクイン枢機卿を頼むね! アレンはエリシアさんを!」


「うん!」


 上空に向かって手を伸ばしているエリシアさんを全身で受け止めるアレン。


 先祖様の身体から出て来たオーラが形作った人を、エリシアさんは「ミナト」と呼んだ。


 どうしてミナトさんがああいう状態になったのかは分からないけど、今は本当・・の敵を追い詰める事にする。


「サリー! スロリ街に出来るだけ強い防御魔法を張っておいて!」


「分かった!」


 僕がその場から飛んだあと、スロリ街を虹色の膜が覆う。


 全速力で南の空に飛んだ。




 ◇




 クラウドがスロリ街から離れている間、ティナは呪魔術を身にまとったハーレクイン枢機卿と戦っていた。


 怒りに支配されたハーレクイン枢機卿の呪魔術と禍々しい剣がティナを襲う。


 だがどの攻撃もティナに届く事はなく、全て紙一重で避けるティナ。


 ハーレクイン枢機卿の攻撃の隙間に光る魔法を彼の身体に付着させていく。


 数分の攻防が終わると、彼の身体には無数の光が付着していた。


「貴方がどういう理由で人を滅ぼそうしたのかは、ナンバーズ達から聞いています」


「女神の分際で俺の記憶を語るな!」


「残念ながら私は女神様ではありません。ですが女神様もきっと後悔・・していたに違いありません」


「後悔だと!? 俺が! 俺達が! 人から受けた仕打ちを知っていてもお前は俺に非があるというのか!」


「…………はい。貴方が受けた悲しみも知っています。ですが貴方がやっているのは彼らがやった事と一緒ではありませんか」


「人間から受けた事を人間にやり返すだけだ! 人間なんて滅んで当たり前なのだ!」


「もし私が貴方の立場だったら、そう思うようになったのかも知れません」


 ティナの言葉に一瞬だがハーレクイン枢機卿の顔が硬直する。


「ですが、全ての人が彼ら・・のように悪人ではないのです」


「ふざけるな! 個人にしか責任がないというのか! 人間全てが俺達に手を差し伸べなかった! 誰も助けやしなかった! 何故我々ばかり彼らを助けなければならない! 何故助けた人間から剣を向けられなければならないのだ!」


「助けた人々から剣を向けられた事がどれだけ悲しい事か、私も知っているつもりです。だから貴方の悲しみの深さは理解できます」


「理解できるものか! 貴様が女神としてまともに君臨していたならこういう事態にはならなかった!」


「何度も言いますが、私は女神様ではないので女神様が当時どういう想いでいたのかは分かりません。ですが女神様もきっと悲しんだのは違いないと思います」


「一体貴様は誰なんだ!」


「私は――――クラウドの許嫁。聖女のティナです。きっと女神様と外見が似てるだけの、ただの……貴族の妻になる女です」


「聖女……?」


「はい。ハーレクイン枢機卿。いえ、――――――如月湊きさらぎみなとさん」


「その名前は!?」


「貴方の本来の名前です」


「俺の……名前!?」


「下に貴方を待っている人がいます。名をエリシアといいます。エリシアさんは貴方が世界で最も愛した剣聖姫エリシアさんです」


「剣聖……姫…………エリシア…………」


 ミナトは頭を抱える。


 思い出せそうで思い出せない人の名前。


 一体自分は何に怒りを覚えていたのかすら思い出せない。


 ただ思い出すのはたった一つ。


「ミナトさん。貴方は自分達が救った神聖国から剣を向けられ仲間であり恋人であったエリシアさんと共に逃げました。ですがあまりにも多い追手によってどうする事もなく、エリシアさんを凍結させて自分がおとりになって逃げ延びた。途中で受けた傷によって貴方は大きな川に落ちて記憶を失なったのです。今の貴方に残っているのは、記憶ではなくただ人を恨む気持ちだけなんです」


「ありえない……俺が人を……愛した? そんな馬鹿な…………だがエリシアという名に…………一体俺は…………誰なんだ」


 困惑を続けるミナトの下に自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。


「ミナト!」


「っ!?」


 レオの背中に跨って近くに飛んできたエリシアは、大きな涙を流しながらミナトを見つめる。


「ミナト? 私の事、もう忘れてしまったの? 私よ? エリシアだよ?」


「エリ……シア…………エリ…………?」


「そうよ! 貴方のエリよ!」


「分からない! 俺は……お前なんか…………どうしてこんなに苦しい!? 俺は何も覚えていないのにどうして……」


「ミナトさん。貴方がそうなった原因があります」


「原因?」


「少しだけ待っていてください。必ずや――――――私の許婚が貴方を救ってくれます」


「俺を……救う?」


「はい。貴方の無くした記憶を必ず取り戻してくれるでしょう」


 そう話すティナは南の空を見つめる。


 そして自身の婚約者であるクラウドの無事を祈った。

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