第202話 剣聖姫の決意

 怪物ガイアが仲間達から攻撃されるようになって、その巨体に大きな傷がどんどん増えていく。


 戦いは激しさを増していくが、仲間達が負けそうな雰囲気は全くなく、サリーを主軸に従魔達の猛攻が続いた。


 そんな戦いのさなか。少し離れた場所に一石のが地上を浮遊していた。


「ティナ。僕達はあちらに行こう」


「分かった!」


「サリー! 悪いけど、ガイアは任せるね!」


「あい~! あのデカブツはサリーに任せておいて~!」


 振り向くことなく、ガイアから目を離さないサリーは、まだまだ小さいが頼もしい背中で返事をした。


 飛行魔法をそのまま継続させ、ティナと一緒に浮遊している船を強襲・・する。


 最初にティナのドロップキックが船の後部に炸裂すると、船は成す術なく地面に叩きつけられた。


 動かなくなった船の上部に扉のようなモノが開くと、中から8人のナンバーズが出てくる。


「ティナ。あの子達は仮面が取れちゃうと死んでしまうらしいからね? 平手打ちはダメだよ?」


「やっぱりそうだったのね…………分かった」


「気にしても仕方ないよ。ナインという子は元々大勢の人を傷つけているからね。それに仮面の事も僕達は知らなかったんだから」


「うん。でも今度はちゃんと罰を受けてもらえるようにするよ」


「そうだね。さて、枢機卿はどこかな……?」


 ティナがナンバーズの下に行くと、すぐに戦いが始まる。


 ただナンバーズは全く相手にならず、ティナの正拳突きに吹き飛んで船がどんどん壊れていく。


 オーラを広げて気配をたどる。


 …………枢機卿の気配が全くしない!?


 何となく胸騒ぎがするので、空の上で待機している『アルカディア0号』に乗り込む。


「全速力でスロリ街に戻ってください!」


「かしこまりました!」


 船員さんを催促して、僕はスロリ街に戻って行った。




 ◇




 スロリ街。


 現在、全世界人々は各重要都市に避難していた。


 スロリ街も例外ではなく、バルバロッサ辺境伯領の人々を全員避難させている。


 各都市でも同じ光景が広がっているが、ラウド商会の全力のサポートもあり、事はスムーズに進んでいると言えるだろう。


 そんな各都市をベルン家の警備組が守っている中、スロリ街を守っているのは、ベルン家の次男アレンと謎に包まれている銀髪の剣聖姫エリシアであった。


「エリシアさん。なんだか悪い予感がします」


「そうね。私もあまり良い予感はしないわ。西の空が悲しみに染まってる気がするわね」


「ええ。最強魔王ガイアというのがサリーちゃん達と戦っていますから」


「最強魔王ガイア…………私たちの時代にもその名は出ていなかったけど…………まさかそんな魔王が存在するなんてね」


「えっと、女性の方にこういう質問は失礼かも知れませんが、エリシアさんはいつの時代の方なんですか?」


「ふふっ。全く気にしなくていいわ。それに私は眠り続けていたから、身体自体はそれなりに若いからね。そうね~とてもとても遠い過去かしら。世界がまだ一つ・・だった頃ね」


「世界が一つ!?」


「ええ。昔はみんな同じ国だったのよ?」


 エリシアの言葉にアレンが大袈裟に驚く。


 そう驚くのも無理はない。現在世界に広まっている知識の中に、世界が一つだった・・・事実は伝わっていないからである。


「昔はセイント神聖国という国がいてね。世界が一つになっていたの。敵と戦うために」


「敵…………」


「ええ。私たちの時代の敵は、同じ人間ではないわ。この時代の言葉で言うなら、闇の神の軍勢かしらね」


「あ~! 兄さんが言っていたあの伝説の」


「もう伝説になっているのね。私でもどれくらい昔なのかは分からないけれど、セイント神聖国という言葉が伝わってないくらいだし、相当昔なんだろうね」


 悲しい表情を見せるエリシアに、アレンも深い悲しみを感じざるを得なかった。


 彼女が生きていた時代。


 きっと会いたい人もたくさんいるはずなのに、今は誰一人生きていない。


 言うなれば、彼女はたった一人で未来の世界に飛んできたことになる。


 そこから絶望を感じるには十分だったはずだ。


 彼女が人間を恨んでいた事にも何かしら繋がりがあるんじゃないかと、アレンは思う。




 その時。


 西の地平線に土煙があがる。


「やっぱり来たみたいですね。エリシアさん。僕が先に打って出ます! 兄さん曰く、現地からハーレクイン・・・・・・枢機卿がいなくなっ――――」


「っ!? アレンくん!? 今、なんて?」


「はい? えっと、兄さん曰く、敵が」


「いいえ! 今の名前よ! もう一度……言って…………」




「えっと――――――ハーレクイン枢機卿ですよ?」




 そう話したアレンを前にエリシアの目が大きく開いた。


「あ、アレンくん。悪いけど、私が先に行ってもいいかしら?」


「ん~じゃあ、一緒に行きましょうか!」


「いいの?」


「もちろんです。エリシアさんはもう僕達の仲間なんですから」


「仲間…………」


「エリシアさんにとって、僕達はまだまだ遠い存在かも知れませんけど、ここにエリシアさんがいるのは変わらない事実ですし、エリシアさんと一緒に過ごした時間は本物です。だから、兄さんもサリーちゃんも僕も、みんなエリシアさんを仲間だと思っています。だから困った事があればなんでも相談してください。兄さんとまではいきませんが、必ず力になります。もし僕が厳しいと思ったら僕から兄さんに頼み込みますから!」


「アレンくん…………ふふっ。そうね。ここが夢の中だとずっと思っていたけど、ここは現実なのよね。私にとってミナトとの時間は昨日のように鮮明に覚えているから…………でもここにミナトはいないし。私ももっと周りを見るようにしないと」


「いつかミナトさんが残したモノを探しに行きましょう!」


「うふふ。それは良い考えね! でも今はハーレクイン枢機卿が気になるわ」


「そうなんですか?」


「ええ。その名にとても聞き覚えがあるのよ…………でもアレンくんから聞いた話では、この黒幕・・が彼なのでしょう?」


「はい」


「…………許せないわ」


「エリシアさん……」


「大丈夫。心配しないで。私もそろそろ傍観者気取りはやめることにするわ。その名前が出た以上、私も当事者だもの」


 そう決意を固めるエリシアの表情は、はるか昔、ミナトと共に闇黒竜を討伐した剣聖姫そのものであった。

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