第200話 元凶

「人を何だと思ってるんだ!」


 思わず大声で叫んだ。


 ここまで自分が怒りに支配されるなんて、呪魔術を始めてみた依頼だと思う。


「くっくっくっ。あれらは俺の分身だ。どう捨て・・ようといいだろう?」


「そんなはずないだろう!」


 僕は思いっきり右拳にオーラを纏わらせて枢機卿を殴り飛ばす。


 枢機卿の腹部に当たり、鈍い音を響かせた。


 けれど……当たった感覚からとんでもない事を知ってしまった。


「貴方……まさか…………」


「ほぉ、中々強いな」


 何もなかったかのように起き上がる枢機卿だが、その腹部は大きく凹んでいた。


 僕の拳が叩き込まれた時、拳を伝わってきたのは、何もないただの虚無な空間だった。


 あの身体は…………ただの皮だけだ。


「自分の身体すら…………ん!? どうして同じ身体にオーラが二つ・・も!?」


「くっくっくっ。さすがはベルン家の人間だ! 優秀だな! そこまで見極められるとはな!」


「ま、まさか…………でもそんなこと、出来るはずが…………」


「貴様の予想通りだよ。この身体は――――――本来ベルン家の人間のモノだからな」


「っ!」


 枢機卿の凄まじい速度の攻撃が繰り広げられる。


 急いで『紅蓮の外套』を繰り出して、枢機卿の攻撃と打ち合う。


 一発一発に重みがあり、重苦しい呪魔術が襲ってくる。


「俺の呪魔術を耐えられるとは! ベルン家はイクシオンだけでなくこれ程の逸材を産むか! くはははははっ!」


「僕の先祖様を知っているのですか!」


「知っているも何も――――――」


「まさか!」


「くはははははっ!」


 何もない空っぽの身体に呪魔術のオーラだけが纏わる付き、お互いの攻撃を無力化していく。


 とてもじゃないけど、戦っている雰囲気を感じない。どちらかといえば、存在しない何か・・・・・・・を思いながら空中で一人拳を突いている感覚だ。


「良いのか? この身体は――――」


「くっ!」


 枢機卿の言葉に翻弄され始め、僕は防戦一方となる。


「どうした? 貴様の覚悟なんざ、その程度なのか?」


 どうしていいか整理が付かない。


 でも諦めたくない。いや、諦めたらいけない。もう二度とあの惨事のような事は繰り返させない。


 打ち合いながら、一旦冷静に現状を分析する。


 まず、あの身体は本人ではない。となると、それを維持させるモノがあるはずだ。


 相手が使っているのは呪魔術。


 人々の絶望を力に変える力。


 以前エンド王国での戦いのとき、多くの機械人形を作り上げたのは、エンド王国とヘルズ王国の国民達の絶望だった。


 その絶望は大きな収穫棟と呼ばれる機械を通して、太いケーブルを通って工場に運ばれ、機械人形を生成していた。


 つまり、彼もまた同じ理屈で動いているかも知れない。


 周囲を眺めると、彼が座っていた玉座に無数の管が繋がっていて、そこを無数の赤い光が入って行くのが見える。


 あれは間違いなく呪魔術で集めた呪魔素だと思う。


 となれば! 元から叩けば活路を見出せるかも!


 夢中で続く攻撃をしんどそうに受けながら少しずつ横にずらしていく。


 枢機卿も怒りに染まって周りが見えていないようだ。


 元々戦っていた場所が反転した段階で、わざと一撃喰らうふりをして後方――――玉座に目掛けて吹き飛んだ。


 玉座にぶつかる寸前、拳に全力のオーラを込めて叩き込む。


「炎神解放! 炎龍極絶拳!」


 叩き込むのと当時に、部屋を巻き込み、周囲に大爆発を起こした。




 ◇




 大爆発のおかげで、建物はボロボロに崩れ落ちて外に飛び出す事が出来た。


 どうやら建物自体は地下・・にあったようで、場所自体はバルバロッサ辺境伯領のようだ。


「クラウド!」


 外に出て数秒で、上空から物凄い速さのが飛んできて、僕の胸に抱き付いた。


 僕はそれを優しく包み上げる。


「心配かけてごめん。ティナ」


「うん…………本当に心配したんだからね?」


「サリーから事情は聞いてるね?」


「うん! エグザ領都は空っぽだよ! 全部壊していいけど、もう壊れちゃったね」


 ティナの言う通り、あの建物が隠れていた地下は、バルバロッサ辺境伯領のエグザ領都の地下。


 ハーレクイン枢機卿は元々エグザ領都で活動していたから、もしかしたらと思ったのが当たった感じだ。


 一応、緊急時のマニュアルは全て弟と妹に伝えていて、二人ともしっかり動いてくれたみたい。


「相手はどうなったの?」


「ん~供給元は絶ったと思うんだけど、どうだろう…………」


 破壊され崩れ落ちたエグザ領都と見つめるが、地下からは何一つ上がってこない。


【ご主人】


 頭の上からいつもの声が聞こえて、ふわっと乗っかってくる感触が伝わる。


「ロスちゃん! ドラちゃん!」


【また呪魔術なのね?】


「そうだね。一番の元凶みたい。多分だけどまだ倒せてないと思う」


 頭の上に乗ったロスちゃんが鼻をピクピクさせる。


【濃い呪魔術の匂いがする】


「えっ? 分かるの?」


【うん~凄く濃い。まるで――――タルタロスよりも濃い匂いがする】


 タルタロスというのは、魔王クラス最強と呼ばれた魔物の事だね。


 そんな魔物よりも濃い匂いってことは、強いって事だよね?


 ロスちゃんの不穏な言葉は現実となった。


 エグザ領都の地下から、それは産声をあげる。


 一瞬にして周囲の大地が粉々に崩れ落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る