第188話 神教

 エンドレス街でのまさかの出来事に戸惑っていると、サリーと母さんが皆さんを宥めて、あとは任せておいてと説得しその場は無事に終える事が出来た。


 ただ…………。


「クーくん。母さんは彼らの覚悟を無下にするのは良くないと思うな~」


「お兄ちゃん! 彼らも北ベルン領民になりたい意思があるんだから良いと思うの!」


 僕の右側と左側に座ったサリーと母さんが交互に言葉を投げかけて来る。


「で、でも…………彼らにはこれから自由・・になって貰うべきだと思うんだ……」


「お兄ちゃん!? 彼らはその自由でベルン領民になりたいと願っているの!」


「そうよ! 北ベルン領民達はとても頑張っているわ? クーくんに捨てられないように毎日献上品も沢山集めているのよ?」


「ええええ!? それは知らないんだけど!?」


「献上品と言ってもクーくんが受け取らないのは明白だから、彼らは独自で基金を立てて、住民税の代わりにそれを貯めてクーくんの銅像を建てたり、貧困に苦しんでいる家庭を助けたりしているのよ?」


「あ……もしかして、街のいたるところに立っていた変なテントの中身って……僕の銅像なの?」


「そうよ!」


「嫌だよ! 今すぐ撤廃させようよ! 僕の銅像なんて、なんのご利益もないでしょう!?」


「あら、クーくんはもうみんなから神様なんだから、良いと思うんだけど」


「神様!?」


「お兄ちゃん! 北ベルン領民達は本当に優しくて頑張り屋なの! 東ベルン領民達も凄く良い子ばかりだけど、それに負けず劣らず、良い子ばかりだからね?」


「頑張り屋は僕も理解しているよ? キリヤさんから北ベルン領民達が自立しようと一所懸命に頑張ってきたと毎回報告も受けているよ?」


「違う! お兄ちゃんは分かってないっ!」


「ええええ!?」


「あの子達が頑張っているのは、自立するためじゃないの!」


「ないの!?」


「うん! あの子達が頑張っていたのは、お兄ちゃんに北ベルン領民として迎えられるためなの! 中には酒に飲まれて毎日碌に働いていなかった子もお兄ちゃんのために今はしっかり反省して、新しい人生を送っているの! 全てはお兄ちゃんのために!」


「僕のために生きないでよ! みんな自分のために生きて欲しいよ!」


「クーくん? 人はみんながみんな自分の足で歩けるわけではないの」


「そ、それは知ってるけど……」


「クーくんが迎え入れてあげることで、彼らは戦争という悲しい出来事すら乗り越えて自らの足で歩き進めると思うの。このままでは彼らは迷ってしまうわ」


「そ、それは……」


「お兄ちゃん。サリーはお兄ちゃんから沢山の事を教えて貰ったの。サリーはお兄ちゃんの妹だから。でもあの子達はお兄ちゃんからすれば赤の他人。お兄ちゃんのありがたい教えを貰うにはベルン家の領民となるしかないの!」


「でも……僕はいつでも……教え……」


「そこが甘いの! 彼らはお兄ちゃんと何の関係も持てないんだから、寝ても覚めても心配で心配で、眠る事すら怖いのよ? でも北ベルン領民になれば全てが解決するの! お兄ちゃんのベルン家の領民となれるの! 彼らには幸せしかないと思うの!」


「そうよ! クーくん? 彼らにもベルン家の幸せを少しだけ分けてあげましょう?」


「う、う……う…………うん。分かった…………」


「お兄ちゃん! ありがとう!」


「クーくん! 母さんはクーくんの母さんで嬉しいわ!」


 サリーと母さんが僕を抱きしめると、嬉しそうに笑ってくれる。


 二人とも心の底からそう願っているからこそ、僕も嬉しいと思うのだけれど……内容が内容なだけに素直に喜べないというか…………。


 そして二人は北ベルン領民達をいち早く安心させるために彼らに正式・・に北ベルン領民となった事を知らせに向かった。







「クラウド? 大丈夫?」


「う、うん…………どうだろう…………」


「ふふっ。でも本当にそれで良かったの?」


 ティナが僕の右手に抱き付く。


「良くはないんだけど……二人が凄く嬉しそうだからね。スロリ街の頃もそうだったけど、僕がみんなから愛されるようになったのも二人のおかげだからね。二人が楽しそうでやりたいことなら応援してあげたいかな」


「ふふっ。私もその方が良いと思うわ。クラウドは本当に家族思いの良い旦那様ね!」


「だ、旦那様……そうだね。結婚式もまもなくだね」


 結婚を意識すると顔が火照り始める。


「楽しみ~あ! クラウド?」


「うん?」


「これから領民達から神様扱いされるけど、気にしないでね?」


「う、うっ。母さんがそんな事を言ってたから心配だったけど…………僕は神様でも何でもない、ただの子爵当主なんだけどな…………」


「ふふふっ。そうね~クラウドはただの子爵様ですよ~」


 王様にどう説明したらいいのか…………いずれ北ベルン領は独立させると言ったのに、今更しませんというのもな…………。


「クラウド? 王様の事は心配しなくていいわ~」


「え?」


「お義母様に任せておいていいと思う」


「そ、そっか」


 そういや、この前も休日の件を説得してくれたんだよな。


 母さんにまたお願いしなくちゃ…………。




 ◇




神徒しんと達よ!」


「「「「命を捧げます!」」」」


「我らクラウド神様から許可が降りた!」


「「「「うおおおおおお!」」」」


「これからこの地の民は『北ベルン領民』と名乗る事を許された!」


「「「「わあああああああああああ!」」」」


「これからもクラウド神様を共に崇めていこう!」


「「「「サリー大教祖様ありがとうございます!」」」」


 その日。


 水面下で動いていた『クラウド神教しんきょう』が表立って立ち上がる事が許された。


 北ベルン領だけでなく密かに準備されていた東ベルン領でも『クラウド神様』の銅像が公開となり、世界で最も有名な『爆炎の騎士様』の銅像が雄々しい姿を現す事となった。

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