第182話 東ベルン領
初めての温泉プール体験会は大成功に終わった。
最初は『水着』に対して恥ずかしさを感じていた大人達も、次第に慣れていき、最終的にはアトラクションで楽しく遊んでいた。
温泉プールの一角に設けてある食事スペース――――もとい出張レストランも大変好評だった。
普段の食事と違い、軽食で値段も安く、温水プールで汗をかいているからとしょっぱい物の美味しさが引き立っている気がする。
女性の方々は大きなジュースが大好評だった。
次の日から三日間はスロリ街に住んでいる領民達にオープン記念として入場料無料&1食事3飲み物無料で体験会を開いた。
言うまでもなく大好評で、一般オープンを心待ちにしている領民も数多くいた。
温水プールに入るのに必ず守らなければならないものがある。
それが、必ず『ラウド商会で販売している水着』を着衣する事。
これには理由があって、水着という文化がないこの世界では、わりと裸や布くらいで川遊びをする人が多い。貴族位の人だと尚更決して川遊びなどはしない。
その中、販売する『水着』は、ある程度周りの目にも配慮しつつ、可愛らしさを強調し、着心地も最高で、最も大事な僕の魔法で『意図しない脱げ方はしない』ようになっている。これが一番大事だ。『意図しない脱げ方はしない』。この魔法によって、水着は肌に付着するのだが、水着用の素材は肌に優しく中に水を通さないようになっているので、長時間着用しても何の問題も起きないのだ。
そんな特殊な水着だが、こればかりは使い道が限られているので、ラウド商会でも類を見ない安さで販売している。
最近アーシャが力を入れている
何故なら温水プールで遊ぶのに身分を一切気にしないようにしたいので、豪華な水着を作ってないのだ。
温泉プールではお義父様達も辺境伯様からただのおじさんになったりするのだが、当の本人達も僕の意図を汲み取ってか、嫌な顔一つしなかったのが嬉しかった。
と、一般向けに販売を始めたものの、一つ大きな問題が起きた。
オープンした温泉プールに領民以外誰も来ていないのだ。
「…………領民達に楽しんで貰えるならそれもいいけど、どうして誰もこないのだろう…………」
「クラウド?」
「うん?」
アーシャが困った表情で僕を見つめる。
「例えば、王都からここまでくるのにどれくらい時間が掛かるか分かる?」
「う~ん。3…………」
「クラウド。スロリ街からスロリ馬車一号で王都に向かった時、何日掛かったかしら?」
「あっ…………あ…………そ、そっか…………」
すっかり忘れていたあああああ。
スロリ馬車でも三日は掛かる距離だ。今の僕達は…………3時間もあれば行けるもんな。
「移動に掛かる時間を何とか解決しないと、お客様に楽しんで貰うのは難しいと思うわ。それと」
「それと?」
「今のベルン領というか、
「…………ええええ!? 許可証いるの!?」
現在、ベルン領はディアリエズ王国の東に元々のベルン領があり、北側に元エンド王国と元ヘルズ王国がベルン領になっている。
ただ間にシレル王国が挟まれているので、便宜上、元々のベルン領を『東ベルン領』と呼び、北の新しいベルン領を『北ベルン領』と呼んでいる。
「どうしてうちの領に許可証がいるようになったの?」
「う~ん。ベルン領って、もう王国より大きいのは知っているよね?」
「えっと…………それは知ってるけど、北は時期が来れば王国として独立するでしょう?」
「でも今はベルン領でしょう?」
「そう……だけど」
「となると、ベルン領自体がある意味『ベルン王国』になっているの」
「えええええ!?」
「それにもう一つ問題があって」
も、問題!? またあるの!?
「東ベルン領に住みたい人が世界に溢れているのよ」
「ええええ!? なんで!? ここ凄く田舎だよ!?」
すると溜息を吐いたアーシャが僕の手を引いて近くの丘に向かう。
丘の上にやってきたアーシャは遥か遠くを指さす。
「温泉プール」
「うん」
「
「……うん」
「サテライト」
「…………うん」
「世界で最も人気があるラウド商会の商品が自由に買えるスロリ街」
「………………うん」
「ねえ、クラウド」
「…………はぃ」
「ここが田舎なら、ここ以外の全ての世界はもはや――――――」
うわああああああ!
アーシャ! それは言っちゃいけないよ~!
アーシャが珍しくサリーのような笑みを浮かべて街を見下ろし始めた。
◇
スロリ街のベルン家の屋敷。
「貴方~コーヒーですよ~」
「え、エマぁ…………」
「あら? 凄~い! もう半分終わらせたんですね!」
「う、うん……」
「は~い。よしよし」
クラウドの母、エマは目の前に山のように積もっている書類の前にうなだれている自身の旦那を励まし始める。
最近大人達の中で流行っている座っている男性の頭を後ろから抱きしめてあげると効果が絶大。
という素晴らしい技で旦那を癒し始める。
「うぅ…………僕はいつになったら自由になれるのだろうか…………」
「貴方? クーくんは私達の息子ですよ? 一緒に息子を支えなくちゃいけませんからね!」
「う、うん……僕……頑張る…………」
妻の前では
だが、この時、
自身の中にある、とある光が灯り始めた事を。
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