第177話 王都でも大人気のベルン家炊き出し

「こほん。クラウド様。此度の件を出来るだけ詳しくお聞かせ願いますか?」


 あんな事があったせいで、王城から宰相様がやってきた。


 それと珍しく、普段はあまり会えない人も一緒に来ている。


 グラハムを思わせる風体を持つ彼は、ディアリエズ王国の騎士団長ハーミルさんだ。


「ハーミルさんもお久しぶりです。どうぞ」


「いや。俺は立ったままでよい」


 少し固い所があるけど、根は優しい騎士団長さんだ。


 僕はそのまま視線を目の前の顔が真っ青な宰相様に向く。


「えっと…………火竜『ネメア』様はですね…………」


「まさか、またクラウド様の従魔にしたとは言いませんよね!?」


「あ~残念ですけど、僕の従魔ではないです」


 ほっと安心したように宰相様が安堵の息を吐く。



「僕じゃなくて、うちの母さんの従魔になりました」



 …………。


 …………。


 あれ? 宰相様?


「クラウド殿。すまない。宰相殿は気を失っているようだ」


 ハーミルさんが座ったまま気を失った宰相様を連れて、小さく会釈して王城に戻っていった。




 ◇




「ネメアちゃん~! このお肉焼いて~」


 いつの間に広場では『ベルン家炊き出し』が開かれていた。


 あの雄々しい姿の火竜様は姿を消しているが、母さんの隣にはぷろちゃんと同じサイズの可愛らしい赤い竜が飛んでいて、母さんが指示したお肉に炎の息吹で焼き始める。


「母さん~宰相様がお帰りになったよ」


「あら、そうだったの! 挨拶出来なくて申し訳ないわね」


「今度何かお土産でも送ろう」


「そうね! 父さんにも相談してみるよ」


「それはそうと、これはどういう状況なの?」


「えっと、せっかく皆さん集まって、うちのネメアちゃんを歓迎してくださったから、ベルン家としてお返しをしようと思って~」


 久しぶりに見るメイドさん達はどこか嬉しそうに準備を進めている。


 周りの人々から「あの噂のベルン家の炊き出しを食べれるなんて! 夢みたいだ!」と話す声が聞こえてくる。


 懸命に母さんの調理を手伝ったネメアちゃんこと、火竜様がやってくる。


【お姉ちゃん~!】


【おひさ~】


 小さい身体で飛んできたネメアちゃんは、そのままロスちゃんに抱き付いた。


「あれ? ロスちゃんってネメアちゃんと知り合いなの?」


【うん~妹~】


「ええええ!? 妹なの!?」


 ぴょこんと出てきたドラちゃんもネメアちゃんに抱き付いて顔を嘗め始める。


【きゅふふ~お姉ちゃん達~くすぐったいよ~】


 小ドラゴンに抱き付いてじゃれる子犬と子猫が、凄く癒される気がする。


 周りの人達からの歓声があがるほどに愛くるしい。



「は~い! みんなさん~! 炊き出しを始めますよ~! 沢山ありますから焦らずに受け取ってください~!」



「「「「わあああああ!」」」」


「あ~! 皆様! 炊き出しを貰うためには、合言葉を言わないと駄目ですからね! お願いしますね!」


 合言葉…………?


 何だか背中がゾクッとなる台詞だ……。


 だが、僕の想像通りの光景が広がった。



「クラウド様に忠誠を誓います!」



 炊き出しを貰う人々は全員その言葉を口にした。




 ◇




「母さん…………」


「うふふ~炊き出しは大成功だね!」


「違うよ! 僕に忠誠を誓わせないでよ!?」


「あら、でもあれをしないと駄目だって言われたのよ?」


「えっ? 誰から?」


「えっと…………会長から」


「会長…………」


 会長と言われて思い出すのは一人しかいない。


 全ての黒幕は…………美味しそうにソフトクリームを食べている妹だ。


「サリー」


「うん? どうしたの? お兄ちゃん」


「…………」


 サリーが可愛らしく上目遣いで見て来る。


 うっ…………可愛くて怒るに怒れない…………。


「え、えっと」


「うん?」


「その、なんだ、まだあの会を開いているの?」


「あの会って、クラウド様による世界征服の会?」


「そ、そう……」


 改めて凄い名前だな……。


「もうやってないよ?」


「本当に?」


「うん!」


「でも母さんが、クラウド様忠誠誓いますってまださせているんだけど?」


「ちっ…………」


 え!?


 サリーさん!?


 いま舌打ちしてない!?


「あれは、違うの! 何というか、合言葉になっているかな?」


「いや、その合言葉が問題というか…………」


「でも、ほら、何もなしにただ配るのは駄目だと思うんだ」


「いや……それでは炊き出しの意味が……」


「炊き出しは本来ベルン家にまつわる人々しか受けられないの! でも普通の人が受けるにはどうしたらいいか分かる? お兄ちゃん!」


「えっ? わ、分からない……」


「そう! それはつまり、炊き出しを行っているベルン家に忠誠を誓うべきなのであ~る!」


「ベルン家というより、僕の名前になっている気が…………?」


「ベルン家当主はお兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんでいいのよ!」


「そう……なのか?」


「うん! お兄ちゃんはいつものようにどーんと構えているだけでいいの! 後は全て私に任せておいて!」


 それが一番心配なんだよ……。


 僕の心配をよそに、サリーは次々人々に新たにブームになっているソフトクリームを勧める。


 特に子供達には大人気で、子供達はソフトクリームを貰うために「クラウド様~忠誠を誓います~」と言いながら貰い、貰うと「クラウド様~大好き~」と声をあげていた。

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