第175話 母エマの奮闘②

 ベルン領内にもレストラン『クラード』がオープンすると同時に、クラウドの母エマが行っていた炊き出しは全てなくなった。


 今まで炊き出しと同じクオリティーで食べられるレストランの開店で、惜しむ声は全く起きなかった。




 エマは次なる場所の視察のため、魔王級に進化したクラウドの従魔であるスラを連れて、超高速飛行魔法でその地を訪れる。


「え、エマ様!?」


「久しぶりね」


「まさか、こんな土地までいらしてくださるとは思いもしませんでした」


「うふふ。うちの息子の従魔のおかげで、空を飛べるようになったの」


「そ、空!?」


 エマに驚くのは、ベルン家から頼まれて遠く離れた土地を任されているリオンという若い男だ。


「リオンくん。キュシレ地方はどう?」


「こほん。思っていた以上に状況はよくないですね」


「そうか…………」


 現にエマが見つめる先に広がる大地は決して豊かとは言えない荒野が広がっている。


「ですがこれからラウド商会の物流があれば、この地も再生できるでしょう」


「そうだとありがたいわ。この地は私達にとって、とても大切な土地なのだから」


「お任せください。このリオン。命をかけて守り抜きます」


「ありがとう! でも命を大切にね? クーくんは命を粗末にするのをとても嫌うのだから」


「はいっ!」


「さて…………スラ? ぷろちゃんを呼んでくれる?」


 エマの問に答えるかのように跳ねるスラ。


 暫く飛び跳ねるスラの音が周囲に響くと、数十秒後、上空から小さなドラゴンが降り立つ。


「エマ様! お呼びでしょうか!」


「ぷろちゃん。いらっしゃい! 以前相談した事をお願いしようかと」


「あの件ですね~スラくんも良いみたいです」


「そうか! では早速行こう!」


「はいっ!」


「エマ様……どうかお気をつけて……」


 心配するリオンをよそに、エマはどこかワクワクした表情でスラの飛行魔法で飛び上がる。


 エマの視界に広がる荒野の先に、豊かな自然が溢れている大きな山脈が映った。


 この荒野が広がる地域を『キュシレ地域』と呼んでおり、その北西に進んだ場所に連なる山脈を『キュシレ山脈』と呼んでいて、この場所は王国の北西に位置する。


 ここを真っすぐ東に上っていくと、ホルン王国があり、ディアリエズ王国との国境でもある。が、この国境は『不可侵の領域』として有名である。


 その最も大きな理由としては、この『キュシレ山脈』にあるのだが、現在エマはその理由・・に向かうのであった。




 ◇




「大きいわね!」


 エマは自分を見下ろす・・・・ソレを見上げる。


「おい! 今すぐ挨拶しろ! こちらはクラウド様の母君、エマ様だぞ!」


 隣のぷろちゃんが声を上げる。


 そんなエマ達を見下ろすのは――――――燃えるような真っ赤な色をした巨大な竜である。


 火竜は突如現れたエマ達に苛立ちを覚える。


【我が領域に入るとは、命知らずも甚だしい!】


 直後、火竜の叫びが山脈に轟く。


 ただそんな火竜を前にしてもエマは全く畏縮する事はない。


「意外と見た目は可愛いわね?」


 エマの言葉は火竜に伝わらないが、隣のぷろちゃんが全く同じ言葉を繰り返すことで、火竜にもエマの言葉を伝える。


【なんだと!? 我を可愛いだと! ゴミムシ人間風情が!】


「あ、それは言わない方がいいよ? クラウド様の母君だぞ?」


「あら? 私の事、ゴミムシ人間とでも言っているのかしら?」


「…………エマ様、聞こえてるんですか?」


「聞こえないわ? でも、何となくロスちゃん達と長年の付き合いだから、分かるというか」


【ごちゃごちゃと! 踏みつけてくれる!】


 火竜は大きな前足を持ち上げ、エマに向かってためらいなく振り下ろす。


 地面を叩き込む轟音が鳴り響く。


【人間如きが…………イクシオンめ。我との契約をしっかり後世に伝えなかったのか!】


 またもや竜の咆哮が山脈に鳴り響く。




 その時。


「おい! 赤いの! 俺様はともかく、エマ様を踏もうとするとは、失礼極まりないな!」


 火竜の前足の下からぷろちゃんの声が聞こえる。


 驚く火竜はその足を上げてみると、そこには一匹のスライムが前方に浮遊して、こちらを見ている。


「スラくん! 一発やっちゃって!」


「スラ、大怪我はさせちゃ駄目よ?」


【あいあいさ~! エマ様! ぷろ先輩・・!】


 スラの身体から眩い虹色の光が溢れ出る。光は一か所に収束し、50センチほどの虹色玉に集まり、玉の中には大きな光の線がぐるぐる回り続ける。


【発射~!】


 号令と共に、虹玉は超高速で火竜に激突する。


【こ、これは!?】


 成す術なく虹玉が腹部に直撃した火竜は、そのまま上空に飛んでいき、無数の光の線が空高く打ちあがる。


 かつて最強と謳われた火竜は、スラのたった一撃でボロボロになって落下した。


「あらあら、スラったら、大怪我させちゃって! めっ! だよ!」


【僕ったら手加減出来なくてごめんなさい!】


 全く悪びれる様子がないスラに溜息を吐いたエマは火竜の下に近づく。




「聖なる光よ! 我が声を聞き応えよ! セイクリッド!」




 火竜の全身を美しい光が包み込む。


 全身が傷だらけで翼には痛々しい穴が空いている火竜だったが、エマが放つ光にあっという間に回復していく。


 火竜はおぼろげながらエマを見つめた。


「火竜さん。私の息子にも先祖様と同じく契約をお願いね~」


 彼女の言葉が理解出来なくても、その雰囲気から契約の事だと飲み込んだ。















 彼女エマの従魔として。

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