第174話 母エマの奮闘①
クラウドが学園に戻り、学業に励んでいる間の事。
ベルン家では空前のコーヒーブームが起きた。
クラウドの母エマにより、メイド達にも振舞われたり、ベルン領で働いている鍛冶組などの職業組にも大好評であった。
その日、エマは魔王級に進化したスラを携えて、隣のアングルス町にやって来た。
「エマ様。お久しぶりです」
「いつもありがとう。ルリちゃん」
ペイン商会本店の商会頭となったルリだ。
「ルリちゃんとの約束通り、この周辺の土地はベルン家――――というか、クーくんのモノになったわ」
「ありがとうございます! これでやっと例の件が進められます!」
「こちらこそ、これでペイン商会とも仲良く出来るなら、私も嬉しいわ」
二人は目の前の契約
彼女が詐欺まがいの事をするはずはないけど、エマは息子のためにしっかりと確認する。
「うん。間違いないわ。ルリちゃんはこの契約で本当に良いんだね?」
「もちろんです。正直、今のペイン商会はベルン家のお情けのおかげでやっていますが…………このままではいずれ潰れるでしょうから。ここは私達が出来る事でアピールしていきます」
「クーくんはそう思っていないだろうけど、これでペイン商会が安心するなら構わないわ。正直、辺境伯様の交渉にも困っていたのだから……ルリちゃんに相談して良かったよ」
「そう言って頂けたら嬉しいです」
すっかり商会頭として力と実績を積み重ねたルリに、事あるごとにエマは相談ごとを持ちかけていた。
その一番の理由は、アングルス町にある『レストラン・クラード』にある。
ベルン領が大きくなってきたここ数年でも足りないモノの一つは、外食文化だ。
スロリ街で外食というと、基本的にベルン家からの炊き出しがある。
これは定期的に行われていて、その美味しさと安価にベルン領民から大人気である。
ただ、その炊き出しを行っているのが、エマであり、エマに取っては娯楽というより、仕事に近い感覚だ。
そんな中、息子であるクラウドから隣町にレストランがあるからと、初めて訪れてから大ファンとなったのだ。
そんな噂を聞き逃すはずもなく、ルリが接触し、二人はいつの間にかすっかり仲良しになっている。
さらにはルリの聡明さにエマは困った事――――主に経営に関する事なら相談する仲にまでなった。
「では、早速明日から事を進めます!」
「分かった! でも一つだけお願いしていいかな?」
「どうぞ?」
「絶対無理はしないこと! 何があったら必ず私に相談してね?」
そう言うエマにルリが笑顔を浮かべる。
「はい!」
二人は契約書にサインを交わす。
これで正式的にベルン家とペイン商会が契約を結ぶ事となり、ペイン商会が大きく変貌する事となるのである。
◇
次の日、王国にある全てのペイン商会が急な閉店を知らせる。
普段からラウド商会で認知度が高く、販売品の質が高い事もあって、普段から利用客が多かった大手商会なだけに、各町ではペイン商会を惜しむ声が続いたが、貼り出された紙の中身を読んだ人々がペイン商会の新たな姿に心躍るのであった。
その貼り紙とは――――――
『此度、ペイン商会はラウド商会からの援助により、商会ではなく、レストラン業に専念する事となりました。レストラン『クラード』の事業を各町で展開しますので、今しばらくお待ちくださいませ』
これはベルン領の豊かな素材を販売していたペイン商会が考えた次なる戦術である。
ベルン領が今の場所だけでなく、エンド王国とヘルズ王国を全てまとめて一つのベルン領となった。
その情報を知らないはずもなく、ラウド商会が新しいベルン領で活躍が決まった段階で、これからの物流は全てラウド商会が管理すると予想した。
クラウドとしてはペイン商会との関係を切るはずはない。だが、そんな関係に甘んじているだけでは、彼から受けた
長い間、元商会頭で、現在の支店管理役員をしている父ブリオンや幹部達と相談の上、進めてきたのだ。
既にエマと接触した段階で話を進めていたルリは、ベルン領が広がったタイミングを見計らってエマに頼み込み、ベルン領内御用達のレストラン開店に移したのである。
その日から数日後。
ペイン商会から名前を変え、ラウド商会の飲食組となり、ベルン家に属するグループとなった。
ラウド商会のファイアウルフを最大限に活用した物流により、ベルン家の優秀な人材が作った調理器具用魔道具が全ての町に配置され、ラウド商会として各町にある元ペイン商会の店舗にレストランが開かれる。
エマとルリが考案したメニューとベルン領から取れる高級品を惜しみなく使いながらも安価で美味しさはもちろんのこと、最先端の美しさを誇るレストラン『クラード』が流行るのは、そう長い時間はかからなかった。
そして、全ての店舗には、店舗開店当時から設置されていた神棚に『始まりの絵』のレプリカが掲げられ、多くの人々がベルン家を安易に想像出来る美しい絵に人と従魔をより身近に感じされてくれるものとなっていた。
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