第167話 懐かしい言葉

 王様がお帰りになって、急いでリビングに戻ると優雅に果実水を飲んでいる父さんが見える。


「父さん!?」


「おっ。王様は帰られたのか?」


「そ、そうだけど……」


「ふふふ! ではこれで正式的にクラウドが当主になったんだな?」


「父さん!? まだ僕には早いと思うんだけど!?」


「いやいや~ティナ様やアーシャ様もいるから大丈夫だと思うよ~」


 重すぎる肩の荷が降りたように笑みで寛いでいる父さんを見るのは、ある意味初めてかも知れない。


「父さん……実は無理していたの?」


「当たり前だ! 僕はクラウドみたいに凄い力があるわけでもないし、カリスマ的な存在でもないんだ! 毎年面会に訪れるこの国の精鋭達から、発展し過ぎたスロリ街――――いや、今はスロリ領都になったな。領都から毎日のように依頼がひっきりなしに届くのだぞ!? 僕みたいなただの男爵にこんな大役を勤められる訳がないだろう!」


「あら、あなた。よしよし」


 隣にいる母さんに抱きしめられる父さん。


 そんなに負担になっているなんて……。


「クラウド? これでも父さんはずっと頑張って来たのよ? そろそろ当主はクラウドに受け継いでくれないかしら?」


「母さん…………うん。分かったよ」


「ほら、貴方? クラウドがちゃんと受け継いでくれるみたいよ? 良かったわね~」


「うう……エマぁ……やっと肩の荷が降りたよぉ……」


「はいはい。よしよし」


 父さんが人前で母さんに甘えるほどに疲れていたんだな。


 これからはティナとアーシャと力を合わせて、ベルン家の当主として頑張ろうと思う。




 ◇




 僕が当主になるという事が、一瞬で広まった。


 何故か待ってましたと言わんばかりに、ラウド商会では『クラウド様ご当主様襲爵しゅうしゃく記念販売』となるイベントが開催。


 特に隠す必要はないけど、ここまで大袈裟にしなくてもいいと思うんだけど、従業員達が全く聞いてくれず、開催となった。


 ベルン領製の衣服から各町で開かれたベルン領屋台は大盛況を見せ、赤字覚悟で開いた記念販売イベントは大きな赤字を産んだけど、そもそも貯まり過ぎた財源をこういう形でお客様に還元出来るならと、大放出を決めた。


 それにこれからの利益も考えれば、貯金だかりするよりは、経済を回した方がいいと思う。


 ベルン領から沢山取れる美味しい野菜や肉はまだまだ取れるからね。


 このイベントで一番喜んだのは、意外にも両辺境伯様。


 何故か両方も従属召喚が出来たので、早速祭りの中心地であるスロリ街に呼び寄せて、今回の婚姻の許可の感謝と王国からの相談で人員派遣する事になった事を伝えると、両辺境伯領にも派遣してくれとのことで、急遽両辺境伯領にもベルン領から派遣が決まった。お義父様達の頼みとあれば、断れないというか、断りたくないからね。




「お久しぶりです」


「久しぶりだな」


 美しい銀色の髪がスロリ街に吹いている風になびいて、周りの忙しく祭りを楽しむ人々を眺めるエリシアさんだ。


 エリシアさんはどこか不思議な感じがあって、この世界には存在しないはずの刀を持っていた。


 それに僕が機械人形オートマタの事を機械きかいと呼んだ事を不思議がっていた。


 もしかしたら…………前世に関わっている人かも知れないと予感している。


「スロリ街の生活はどうですか?」


「おかげさまでな。とても快適に過ごさせて貰ってるよ」


「それは良かったです」


「…………クラウドはこの光景に違和感を感じないようだな?」


「違和感ですか? 全く感じないです」


「そうか…………この世界は昔から『祭り』というモノは殆ど行わない人種だった」


「え!? そうなんですか!?」


「この世界の人々はずっと働いている。その事に違和感を感じた事はないか?」


 あるはずがない――――と言いたい所だが、僕としてはその殆どが違和感だらけだった。


「はい。この世界・・の人々は働き過ぎです」


「…………そうか。やはり……な」


「エリシアさんもですか?」


 もしかしたら本当にエリシアさんは日本人・・・なのかも知れない。


「いや。残念ながら、私は日本人・・・ではないよ」


 日本人!?


 やはりというか、まさかというか。


 彼女の口から聞こえた言葉があまりにも懐かしい言葉に大きく驚いてしまった。


「やはりな。君日本人なのだな…………」


「僕もということは、エリシアさんは日本人を知っているという事ですね!?」


「…………」


 どこか果てしなく悲しい瞳をしているエリシアさん。


 きっとその言葉に込められた記憶は良い記憶ではないのかも知れない。


 でも転生してから、まさか同じ星で生まれ育った人と会えるかも知れないと思うと、心臓が高鳴りをあげた。






 その時。


「クラウド様! 大変です!」


 向こうから警備隊のダークエルフさんが一人走って来る。


「どうしたんですか?」


「森の向こうにとんでもない事が!」


「森の向こう?」


 ダークエルフさんに連れられ、エリシアさんと共に街の城壁に上る。


 そして、彼が指差した場所を見ると――――――






「ええええ!? あれは何ですか!?」


 視線の先に、遥か遠くの地平線の向こうに、赤く大きな水玉・・のようなモノが視線に映った。

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