第159話 ずっと隠していた力

 グラハムとアレンが四将軍と戦っていた頃。


 迎撃隊をとして前線に魔法を放っていたベルン領の魔法部隊はサリーとアルヴィス、イレイザを中心に攻撃を続けていた。


 その甲斐もあり、フェアレーター軍はほぼ壊滅状態だ。


 その時、迎撃隊に一人の男が降り立つ。


「ごめんあそばせ、ここからは先は侵入禁止でございますわよ」


 威圧感を放つ男の前を阻むティナ。


 普段クラウドの前では決して見せる事のない気品・・のある態度を見せる。


「……貴様らはここで俺が滅ぼしてやろう」


「貴方如き・・にそれが出来まして?」


 ティナの挑発に四将軍の一人であるカリーの顔が歪む。


「ふん。女如きに遅れる俺ではない!」


 カリーは迷う事なくティナに強烈な右腕のパンチをお見舞いする。


 しかし、ティナは何てことない顔でそのまま左手で受け止め、音だけが空しく響いた。


「女性の顔を狙うなんて、マナーの悪い男性はモテなくてよ?」


 直後、ティナの右手の平手打ちがカリーの左頬を叩いた。


 あまりの衝撃にカリーが吹き飛ぶ。


「ティナちゃん! 大丈夫?」


「サリーちゃん。大丈夫よ。あの方は私が相手するわ」


「分かった! 無理はしないでね?」


「ええ」


 のほほんと挨拶を交わすティナの後ろに、吹き飛ばされたカリーが現れ魔力を覆った拳でティナを叩く。


 しかし、ティナは既に見切っており、手のひらで簡単に受け止める。


 続いてカリーの連撃が迫るが、全て手のひらで凪ぎ払う。


「く、クソがぁ!!」


「女性にそんな言葉使いじゃモテなくてよ」


 今度はカリーの右頬に平手打ちが炸裂して吹き飛ぶ。


 吹き飛ばされ転がったカリーが怒りを露にしながら起き上がる。


「ゆ、許さん! こんなところで負けてたまるものか! 俺達が受けた痛みがこの程度で終わるはずがない!」


 カリーの周囲の青黒いオーラが立ち昇る。


 オーラはカリーを飲み込み、悪魔の姿に変わった。


 その姿にティナの顔にも少し緊張の表情を見せる。


 直後、それまでとは比べものにならない速度のカリーがティナに仕掛ける。


 急いでカリーの攻撃を防ぐティナだったが、数段も強くなった悪魔姿のカリーの攻撃に押され、顔面への攻撃を受けてしまう。


 何とか両手で防げたものの、力なく吹き飛ばされた。




 ◇




 私が物心ついた時には、すでに身分の高さから誰かと対等に顔を見る事すら出来ない事に気付いていた。


 周りには沢山のメイド達がいて、私をティナ様と呼んでいたけど、必ずどこか一歩後ろから私を見つめていた。


 そんな日々に幼かった私は人との距離が分からなくなり、少しずつ…………でも確実にわがままになっていき、人に怒るようになっていた。


 何でも欲しいモノはお父様に言えば、手に入れてくださった。


 それに自分が生まれながら周囲の女性達よりも女性としての魅力がある事も自覚出来るほどに、周りは私の外見と地位に嫉妬し妬んだ。


 ――――私はそう生まれたかった訳ではないのに。


 何度もそう思った。


 外で走っているお兄様や弟を何度羨ましいと思っていたか。



 そして、私は遂に五歳になり、才能啓示儀式の場に赴いた。


 その場で初めて出会った青い髪の綺麗な男の子に一目で釘付けになってしまった。


 可愛らしいその外見だけでなく、頭の上に可愛らしい犬まで乗せた彼は、周りの目など気にもしなかった。


 それところか、私と目を合わせると優しく微笑み手を振ってくれた。


 ――――今まで私にこのように接してくれた人がいただろうか。


 自分の家族でさえ、私に遠慮があるというのに、彼は曇り一つない綺麗な灰色の瞳で優しい笑みを浮かべてくれる。


 私が才能『聖女』を開花させた時、会場がざわついたけど、私は彼がどういう顔で私を見ているかが気になって仕方がなく、急いで振り向いたら彼もまた驚いた顔を見せていた。


 私は…………自分に唯一優しさを見せてくれた人でさえ、また色眼鏡で見られてしまうのだろうか……。


 私は彼を見る事が出来ず、俯いたままお父様の下に歩いていた。


 その時、私をすれ違う彼は、――――「良かったですね!」と声を掛けてくれた。


 最初は何が起きているのか全く理解出来ず、思わず驚いた顔で私から遠ざかる彼を見つめ続けた。


 そして彼の啓示により、水晶にひびが入り、『ちょうきょうし』と言われると、隣のお父様は大袈裟に驚いて彼を見つめ続ける。


 まさかお父様も彼に興味が出たのかと思い、その日帰りに彼をお茶会にとおねだりしてみた。


 本当は彼が目当てだったけど、それは言えず彼が連れていた可愛らしい犬を目当て風に装って彼を呼び寄せた。


 そんな私の気持ちを知っての事か、それとも彼の力を先見してか、お父様は彼を気に入ってくれて、何度か会うチャンスを与えてくださった。


 ただ、彼は私に優しかったのはあるが、どちらかといえば、私の事は全く眼中になかった。


 お父様に呼ばれたから来ただけ――――それがまた悔しくて、どうやったら彼を振り向かせられるかお母様に相談して淑女の嗜みを学びながら、積極的に彼にアプローチを続けた。


 あれから数年。


 何とか彼との婚約も結べられた。


 私は彼が好きで好きで仕方がない。


 彼の全てを受け入れたいし、私を全て受け入れて欲しいと思っている。


 ずっと我慢していた私を、彼はいつも広い心で受け入れてくれる。


 そんな彼の隣で、気高い妻として、堂々と誰にも恥ずかしくない女になりたい。


 だから、私は自分の力も、自分の本心も隠さない。


「私はクラウドが大好き! クラウドの全てを受け入れたいし、全て受け入れて欲しい! だから、力を貸しなさい! 私の中にいるもう一人の私!」


 自分の両手に嵌められている腕輪を見つめる。


 ずっと避けてきたもう一人の私。


 聖女として私を見る周りの目を、勝手に負担に思って自分の力を隠し続けた。


 でももう大丈夫。


 私はクラウドを信じているし、自分自身も信じている。


 だから、もう恐れたりしない。


「解放! 束縛ノ聖女!」


 私の両腕輪から青い光が溢れる。


 両腕輪をそのまま合わせる。


 その形は『永遠』を表す『インフィニティ無限の愛」の形となる。


 腕輪に亀裂が走って行く。


「解放――――――











 純潔ノ聖女」


 両腕輪が割れ、私の両腕から全身に光が広がる。


 背中に綺麗な白い羽根が四本生えて、視界が今まで見て来た視界から、不思議な数字が乱立している視界に切り替わる。


 視界に映る情報を教えてくれているのね。


 私を吹き飛ばした彼には――――これが最適なのね。


 右手の平に光を集める。


 そして。


次元ノ平手打ちディメンション・ビンタ!」


 四将軍と思われる彼の身体を越える大きさの右手が彼に炸裂して、彼を纏っていた悪魔のオーラが消え、元の姿となり地面に転がり遠くまで飛ばしてしまった。

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