第152話 呪魔術

 上空で大爆発した黒い魔力の塊は、周囲に爆風爆音を響かせる。


 何だろう、この感覚・・


 何か肌に張り付く、嫌な気配がする。


「ロスちゃん。この魔力の感じ、何か分かる?」


 ロクの頭に乗っているロスに声を掛ける。


 いつもならすぐに緩い返事が返ってくるが、何も返って来ない。


 それどころか、ロスちゃんから珍しく怒った気配を感じる。


 寧ろ、ロスちゃんが怒っているのは初めて見るかも知れない。


 何となくだけど、ロスちゃんの背中を優しく撫でてあげる。


 少しして正気に戻ったロスちゃんが僕を見つめる。


【ご主人。これは呪魔術だよ】


「呪魔術? 魔法じゃなくて?」


【うん】


「えっと、詳しく教えて貰える?」


【…………うん。でも一つ約束して欲しい】


「いいよ?」


【絶対に怒らない・・・・こと】


「うん? 怒らないよ?」


 変なことをいうロスちゃんだ。


 それを聞いて、どうして僕が怒るんだ?


【うん。もしご主人が怒ったら、私が全力で止める】


「あはは、その時はお願いするよ~」


 ロクの背中に座りこみ、ロスちゃんと目線の高さを合わせる。


 ロスちゃんの綺麗な瞳が僕を真っすぐ見つめる。


【遥か昔、この世界を掛けて二柱の神が戦っていたのは知っているよね?】


 ロスちゃんの質問に頷いて返す。


 ダークエルフ族が持っていた『歴史書ヘレニカ』にはそう記されていたからね。


【その時、最も脅威だったのは、間違いなく『暗黒竜デスペア』だったよ】


 暗黒竜デスペア。


 初めて聞く名前だけど、聞いただけで嫌な感じがする名前だ。


【暗黒竜は闇の神から最も力を受け継いだ存在なの。その暗黒竜が凶悪だった理由として、『呪魔術』が使えた事にも原因があるの】


 呪魔術というのは、暗黒竜が使っていた力の一部だったのか。


【その呪魔術とは――――――











 生き物の不安な気持ちから生まれる怨念を力として発揮する力なの。最も大きなのは、『絶望』。今、ご主人に撃たれたのは…………エンド国に殺された両軍の怨念だよ】




「っ!?」


 僕は思わず、その場に立ち上がる。


 自分の中から込み上がって来る怒りが止められない。


 今すぐにあの兵器を壊したい。


 いや、壊さないといけない。


 人に絶望を与えて、それを糧にさらに残虐を行う。


 ヘルズ国がエンド国に負けた理由が何となく分かってしまった。


 あの力なら、相手に絶望を与えながら勝ち続ける事も出来るだろう。


 今すぐ行かないと。


 その時。


 僕に体当たりをしてきた巨大ながいた。


 あまりの速さと力に、僕は成す術なく吹き飛ばされ、森の奥に飛んでいった。




 ◇




 やはりご主人は『呪魔術』の正体を聞いて、怒ってしまった。


 知っていたはず…………ご主人が幼い頃からずっと一緒にいた。


 時には不思議な感覚で回りの人達を困らせているけど、ご主人は私が出会った誰よりも優しい人だ。


 人間というのは、身分で同族を差別する生き物。


 守るよりも、虐げるような種族なのに、ご主人だけは違った。




 ――――まるであの時の私の相棒のように。




 そんなご主人が、『呪魔術』に対して怒らないはずもない。


 ご主人は自分で気づいていないかも知れないけど、思い立ったらすぐに動く。


 アレンくんがやられたと言われた日もそうだった。


 だから無意識で真っ先にエンド国に向かおうとするご主人を全力で止める事にする。


 まだご主人には見せてはいないが、私の解放姿で体当たりして吹き飛ばす。


 いくらご主人とはいえ、すぐに対処は出来ないはずだ。


 まあ、ご主人なら傷一つ付かないと思うのだけれど……。




 ◇




 森の奥に吹き飛ばされた僕が、果てしない悲しみが込み上がってきた。


 思わず、大泣きしてしまった。


 僕を飛ばしたのは、間違いなくロスちゃんだろう。


 怒るなと言われたけど、どうやら怒ってしまったみたい。


 いや、怒っている。


 間違いなく、今でも怒っている。


 どうしてエンド国があの力を使ったのか、どうやってあの力を使えたのか。


 だから、この戦争を止めなくちゃいけないと思う。



 そんな僕の視界に、白くてふわふわした生き物が見え始める。


 彼女はいつもの眠たそうな目で、ゆっくり歩いてくる。


 ゆっくりだけど、一歩ずつ確実に近づいて来る彼女は、遂に僕の頭の上に飛び乗った。


「ロスちゃん。ごめん」


【あい~】


「一度、みんなに相談したいと思う」


【あい~それがいい~】


 一度ロスちゃんの頭に優しく手を伸ばし触れる。


 いつもの柔らかくて温かなロスちゃんが、手の感触を通り伝わってきた。


「ロク! シレル王国軍のところに連れてって!」


【了解~!】


 上空に待機していたロクを呼び、僕はシレル王国軍のところに移動した。




 シレル王国軍は冷静に構えていて、僕が帰ってくると安堵の息を吐いていた。


 ベラルさんにお願いして、広めなテントを一つ借りる。


 これに多くの仲間達を呼び寄せる。


 僕の従属召喚で、沢山の仲間がやってきたが、その中に父さんと母さんもいた。


 そして、真っ先に僕に近づいてきた母さんは、いつもは優しいその手で、僕の左頬を叩いた。


 母さんから初めてされる平手打ちに、心の底から涙が出そうだったけど、その後、母さんもサリーもティナ、アーシャも大泣きしながら僕を抱きしめてくれた。


 どうやら『呪魔術』に立ち向かった事を既に知っていて、逃げれるにも関わらず、それに向かった事を心配してくれたみたい。


 初めて母さんに叱られ、僕はここが居場所である事を再認識した。

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