第146話 メンズ

 夏になって大きく変わったと思う点は、市場にデザイン性を追求した商品が出回るようになった事だ。


 アーシャと定期的に王都の市場に来ては、どんなモノが売られていて買われているのか眺めているけれど、クテアブランドから始まったデザイン性の商品が今では色んなブランドから作られている。


 ただ、どこも量産体制は難しいみたいで、一点ものが多い。


 おそらく、大量に生産しているクテアブランドに量産型では勝てないだろうから、一点物として売り出しているんじゃないかとアーシャと予想している。



 その日も市場調査を終えて、レストランで食事をしていると、隣の席で食事を楽しんでいたグループの話し声が聞こえて来た。


「ねえねえ、聞いた?」


「ん? なにぃ?」


「ゲスター商会が男性用服を売り出した話」


「あ~、男って可哀そうだよね~」


「そうそう」


 あまり隣席の話しって耳にしない方なんだけど、なぜか耳に入る話。


「ラウド商会は女性モノしか売ってないから、男は高い商品を買わないといけないってこの前ゲスター商会から服買ってた男友達が言ってたよ」


「私達はラウド商会があるからいいけどね。最近じゃ男にもファッションというモノが必要だって騒いでいるものね」


「噂なんだけど、ラウド商会って実は王国の裏を仕切っているらしいよ? だから誰も口出しできないんだって~、男性モノも作ってくれって誰も言えないそうだよ」


「やっぱりね。ここだけの話、聖女様や勇者様も知人を人質に取られているみたいね? それでラウド商会の言う事を聞くしかないみたい」


 ………………。


 僕が隣席の話しを聞いていたのが分かったようで、アーシャがクスッと笑う。


「クラウド、あくまで噂は噂よ。だから気にしなくていいわ。クラウドは自分がやりたいようにやっていればいいんだから」


「…………何というか、僕が思っていた以上に、いろんな噂が流れているんだね」


「それもそうよ。王都の聖女として有名なソフィアちゃんが流行る前にミニスカートを着ていたんだよ? あれを初めて見た人達にとっては、信じられない光景だからね。今でこそ広く認知されているけど、去年からああいう噂話は後を絶たなかったんだよ?」


 そ、そうだったんだ……全く知らなかった。


 アーシャ達はもっと前からそれを知っていたんだね……。


「でも一つだけ新たな事実を知れたわ」


「新たな事実?」


「どうやら私達の商売に乗っかって、男性用モノを高額で売って自分の懐だけ温めている輩がいるみたいだね」


「あ~、ゲスター商会だっけ?」


 アーシャは大きく頷き、怖い雰囲気の笑みを浮かべる。


「これは挑戦状として受け取っていいわね。帰ったら男性用も作るわよ!」


「そうだな。よく考えてみると女性モノばかりだったから、男性モノもいいかも知れないね」


 食事を終え、帰宅した僕達は早速男性モノの開発を進める。


 元々はスカートしか作っていなかったけど、ホットパンツを作った事もあり、今度は短パンを作る事にして、さらにそれに似合う半袖のシャツを作る。


 男性服は量産が少ないのも相まって、基本的なシャツは無地が殆どで、質感もあまりよくない量産型の『ワダ』という植物を使っている。


 感触は向こうにある綿わたに似ているけど、綿よりも遥かに性能が落ちる。


 ただ、どこでも大量に手に入る為、この世界の殆どの服はワダで作られていたりするのだ。


 ではクテアブランドで出している服は、どんな植物の糸を使っているかと言われると、実は同じワダを使っている。


 ワダではあるんだけど、ベルン領のスロリ森で作られる特別なワダだ。


 このワダなら、向こうの綿をも遥かに凌駕する性能の糸が作れる。


 魔族がベルン領に住んでくれるおかげで、現在この特別ワダも大量に生産出来ていたりするので、クテアブランドは安くて性能が良くてデザイン性も優れている。


 早速その特別ワダを使ってシャツを作る。


 それを横で眺めていたティナが、それなら女性用インナーも一緒に作って欲しいと言われたので、メンズ用シャツを数点、男女兼用インナーを数点開発した。


 最近は慣れているのもあり、デザイン性にこだわる必要がないインナーはその日から生産を開始。


 メンズ用シャツは色や柄を用意して、次の次の休日には出せるように準備を進めた。



 次の休日。


 いつもなら女性店員が多いラウド商会だが、多くの男性職員が物を運んだり、列の整理を行っているので、彼らに宣伝のため、新しいクテアブランドのメンズシャツと短パンを着て貰った。


 既に宣伝していたのもあって、それを一目見ようと沢山の男性が遠目で整理員を見つめていた。


 意外にも男性よりも女性に好評で、質感の良いシャツはまさに貴族が着るような光沢があるのに、働いている整理員達が涼しげにしていてその高い性能をももの語っているのはいうまでもなかった。


 これはきっと大成功かな?



 次の週。


 いつもと変わらず、売り出した全ての在庫がなくなった。


 それと意外にも男性用シャツを求める女性もいて、この世界ならではだと思うんだけど、男勝りな女性も多くいて、彼女達は元々の可愛らしいデザインの服に抵抗感を感じていたみたい。


 だから、男性用のシャツを見たときに全部買い占めたいとさえ言い出されてしまったけど、毎週売るから焦らなくても大丈夫ですと伝えると毎週買いに来ると言うほどだった。


 きっと彼女達もこの一年間、悔しい思いをしていたのかも知れないね。

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