第137話 イレイザ先生

 夜になって、僕とアーシャが先に夜番をする事になった。


 何故かイレイザ先生も起きて一緒に夜番をするという。


 実はそのお目当ては、アーシャが作っている紅茶にある。


 一応アーシャは全員分の紅茶を準備して、やかんも用意してはみんなお湯を作ってカップに入れるだけで美味しい紅茶が飲めるように準備してくれている。


 まだお湯は注がれていないけど、香ばしい匂いがしてくる。


 イレイザ先生はそれを真っ先に感知して、寝るまでに紅茶を楽しむわと話してやって来たのだ。


「そう言えば、クラウドくんがいつも使っているのって、召喚スキルだったわね?」


「そうですね」


「ふ~ん、制限がない従魔召喚スキルなんて初めて見るけど、何度見ても不思議ね」


「あ、イレイザ先生」


「うん?」


「それより、僕はイレイザ先生の話を聞いてみたいんですけど……」


「私?」


 予想してなかったようで、驚いた表情を見せるけど、イレイザ先生の驚いた表情って少し珍しい。


「みんなイレイザ先生の事を凄く喜んでくれてましたから」


「あ~あれは…………そうだね、多分憧れって感じなのかもね」


「憧れ?」


「ふふっ、クラウドくん? 乙女の秘密を知るにはそれ相応の覚悟がいるわよ?」


 いたずらっぽく笑顔になる先生だったけど、ちょっとだけ表情に寂しさを感じる。


 それに先生のオーラは普段からゆったりとしているけど、珍しく波打っていている。


「えっと――――――覚悟は出来ておりますっ!」


 そう答えると、先生は小さく笑った。


「ふふっ、そういう覚悟ではないんだけど、まあいいか、クラウドくんなら別に言いふらしたりはしないでしょうしね? ねえ? アーシャちゃん」


「ですね~クラウドは意外と口が堅いですから」


 ん? 一体何の話なんだ?


「ふふっ、夜も長いし、少し先生の話をしてあげましょう~」


 僕とアーシャは小さく拍手で応える。




「私は元々『バハムート』という名前のパーティーを組んでいたの。その頃は先生とかではなくてね、簡単に言えば冒険者だったわ」


「冒険者!?」


 この世界に冒険者なんてあったんだ!?


「私達は全員・・孤児でね。元はそれぞれが孤児だったのもあり、ソロで冒険者活動をしていたけど、すぐに壁にぶち当たったの。その時に何となく似た雰囲気を持つ私達四人が出会えたわ。あれは――――まさに奇跡だったわね」


 どこか遠い目をする先生の瞳は、悲しみの色に染まり始めた。


「それから私達は四人で協力して次々依頼をこなして、強い魔物を倒して、気付けば私達は遥か高みに届いていたの。王国で最も有名な冒険者パーティーとしてね」


 王国で最も有名…………先生達の活躍が想像出来る。


 きっと毎日が楽しくて、素晴らしいだったのだろうね。


「それで私達は更なる高みに挑戦する為に、とある魔王に挑戦する事になったの」


「とある……魔王?」


 魔王って、ハーゲルさん?


「ええ。クラウドくんには『災害級魔物』と言えば、分かるわね?」


「あ~、ハーゲルさんではないんですね。はい」


「ん? ハーゲルさん?」


「いえ、こっちの話です。ぜひ続けてください」


 ハーゲルさんの話を始めると、ややこしくなりそうなので、後回しにしよう。


「いいわ。それで私達は大陸の最北端の山脈にある『暴虐の魔王』に挑戦する為に『暴虐の洞窟』を目指したわ」


 暴虐の魔王と洞窟…………ふむふむ。


「私達は洞窟まで護衛を頼み、遂には『暴虐の洞窟』に辿り着いたわ。それから中を進み、遂にあの忌々しい暴虐の魔王と対峙したの」


 声のトーンも下がり、真剣に話し続ける先生。


「私達はかの魔王と戦いになり、数刻も戦い続けたわ。洞窟自体が広くて陥没したりはしなかったけど、とても激しい戦いだったわ…………しかし、私達は勝つ事が出来なかった。私達が想像していた以上にあの魔王は強かったもの。必死の戦いも空しく、私達は限界ぎりぎり、でも向こうはまだまだ余力があった…………私達の見立てが甘かった事が、今までの人生の中で最も悔しいわ……」


 先生の目元に少し光るモノが見え始める。


 きっと、思い出してしまったんだろうね……あの時の事を。


「生き延びるためには逃げるしかなかったわ。でも戦いを吹っ掛けられた魔王が私達をそう簡単に許してくれるはずもなく、追いかけられた。その時、私達のリーダー………………」


 言葉が詰まる先生を、アーシャが優しく抱きしめる。


「…………私の恋人でもあった、リヴァイは私達を逃すために…………その場に残ったわ。必ず戻ると約束して………………」


「………………彼は……帰ってこなかったんですね」


 アーシャの胸に抱きかかえられた先生は、僕の質問に力弱く頷いた。


 イレイザ先生と初めて会ったのは学園の職員室だ。


 そこで、ロスちゃんに対して一歩も引かなかったのは、彼女が一度『災害級魔物』に触れていたから。


 その強さから帰還・・出来たからだろう。


「あれから私達は解散して、それぞれ散ったわ。そして、数年後私はディアリエズ王国に活動の場を戻して、暫くソロで活動した後に学園の先生に誘われたの。みんなが私に憧れるのは、かつて最強冒険者パーティーと言われていた『バハムート』の一員だったからだわ」


 イレイザ先生の意外な過去を知る事が出来た。


 最強冒険者パーティー『バハムート』。


 イレイザ先生はとても強い。僕が今まで見て来た魔法使いの中では、学園長と二強でもある。それが何を意味するのか……学園長よりも遥か歳下の彼女が同等クラスという事はそれだけ優秀である事だ。


 そして、最北端にいるという『暴虐の魔王』。


 僕が新しく知る事が出来たその二つの名前に、どこか胸騒ぎを感じた。

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