第136話 普通って難しい

 湖近くで野営する事になった僕達は、ガルくんの背中に積んできた荷物をほどいて、中からテントを二つ取り出す。


 男女が三人ずつなので、ちょうど分けで二人ずつ一緒に眠り、一人ずつで代わりながら野営番をする事になった。


 メンバーとしては僕とアーシャがペアで、アリアさんとアギラくん、エルダーさんとリンピオくんの三つペアで代わり番をする事が決まった。


 テントが完成した頃、周囲から男性陣んが集めてきた枯れ木を火種に焚き火を起こして、鍋をセットし料理を作り始める。


 母さんの下で練習を積んだアーシャが主軸になって、本日倒したブラックボアをメインとした料理を作る。


 本来ならただ焼いて食べるんだけど、僕は『従属召喚』でいつでも従魔を召喚しては、料理材料を持って来れるので、アーシャが美味しそうな料理を作ってくれる事が出来るのだ。


 夕飯中に襲撃されるのが怖いので、テントの近くにロスちゃんを待機させる。


 ロスちゃんがいれば滅多に魔物がこちらには来ないからね。


 少しして、アーシャが作ってくれた料理からとても良い匂いがふんわりと広がった。


 珍しくアリアさんがソワソワしている。


 最近ではうちで毎日一緒に食事を取っているから、それがまた楽しみなのかも知れないね。


 アリアさんも僕も慣れた手付きで食器を準備する。


「…………イレイザ先生」


「はいはい~」


「えっと、野営ってこんな感じでしたっけ?」


 首を傾げるエルダーさん。


「いや? これはクラウドくんだから出来る事だからね? みんなも騙されないでね?」


「え!? 僕!?」


「そりゃそうでしょう。食材なんて持ち込める量なんて限られているんだからね? クラウドくんみたいに無限に増えたりはしないわよ。普通」


 くっ! 普通って難しい!


「はいはい~クラウドは拗ねないの~ご飯出来たわよ~」


「す、拗ねてないよ! ただ、普通って難しいなと思っただけだよ」


「でしょうね~顔にそう書いてあるわ~」


 え? 僕の顔に書いてあるの?


 みんなに美味しそうな具沢山シチューが渡される。


「おかわりはたくさんあるから、言ってね~」


「「「「いただきます!」」」」


 メンバー全員がシチューをかきこむ。


 余程美味しいのか、声一つ発さずにパクパク食べて――――


「「「おかわり! お願いします!」」」


 と同時にお椀を前に出した。


「はいはい~シチューは逃げないからゆっくり食べてね」


 母さんみたいに話すアーシャは、彼らのお椀にまたシチューを沢山入れてあげると、美味しそうに頬張った。




「「「「ごちそうさまでした~」」」」


 みんな沢山食べて、大きくなった腹をポンポンと叩く。


「それにしても、アーシャ様の手料理がこんなに美味しいとは思いませんでした」


「「うんうん!」」


「あはは、私はまだまだよ? うちのティナちゃんとお義母様はもっと美味しいわ~、ねえ? クラウド」


 ん~僕としてはそれほど差はないと思うんだけどな?


 強いて言えば、味の濃さが少し違うくらいかな?


「ん~確かにあの二人もとても美味しいけど、僕はアーシャの少し濃い味もとても好きだから優越は感じないかな?」


「あら、ありがとう」


 嬉しそうな笑みを浮かべたアーシャは、食べたお椀を一か所に集める。


「クラウド~えびちゃんをお願い」


「分かった~」


 僕はえび・・ちゃんを召喚した。


【ご主人しゃま~! お久しぶりですん~!】


 僕の前に現れた空飛ぶ蒼い海老・・が一匹現れた。


「えび、久しぶり~アーシャが呼んでるから手伝ってくれる?」


【かしこまり~! アーシャお嬢を手伝いますね~】


 そう話すえびは、アーシャの下に飛んで行き、彼女の依頼通り弱めの水を繰り出した。



 彼女は水の精霊『ウンディーネ』。


 僕が二年前に仲間にした精霊の一人で、水を司ると言われていて、水に関しては彼女の右に出るモノはいない。


 定期的にベルン領の川の掃除をお願いしたり、王都やスロリ街で大人気の『トイレ』用の水の魔石も、全て彼女が簡単に充填させてくれる。


 そんな彼女のおかげで、水の魔石を一々交換しなくても、ずっと使い続けられるのだ。


 えび以外にもあと二人くらいいるんだけど、それはまた近いうちに。



「クラウドくん」


「はい?」


「あの子って、もしかして『ウンディーネ』だったりする?」


「いえ? あの子はえびです」


「えび……?」


「はい」


 イレイザ先生が首を傾げながら、えびを見つめる。


 えびの元の名前は確かに『ウンディーネ』だけど、今はウンディーネじゃなくて、えびだからね。


「変だわ。以前見かけた水の大精霊『ウンディーネ』にそっくりだわ」


「あはは、確かに水の精霊ですけど、大精霊とかではないので、精霊違いじゃないですか?」


「…………」


 えびから流し水を貰ったアーシャが慣れた手付きで素早く皿洗いを終えて、今度はコメを呼んで優しく暖かい風を吹かせてお椀を乾かす。


 既に屋敷で母さんやティナも使っているこのやり方に、イレイザ先生が大きな溜息を吐いた。




「…………精霊を皿洗いに使えるのは、クラウドくんくらいだわ」


 ふむ…………やっぱり普通って難しいね。

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