第130話 高級バッグの素材

 季節は秋になった。


「クラウド」


 アーシャが僕を呼び止める。


「えっと、次のアイデアを探しているんだけど、何か良いアイデアはない?」


「ん~、また女性物でいいなら、バッグとかどう?」


「バッグか~どうしてバッグが女性物なの?」


 アーシャが首を傾げるのがまた可愛い。


 この世界のバッグと言えば、向こうで言う『リュック』である。


 基本的に背負う形で、便利性を追求している。


 手で持つバッグもあることはあるけど、バッグと呼ぶよりは、袋と呼んだ方がいいような物ばかりだ。


 アーシャとリビングに来て、いつもの作業机の上に置いてある紙に、向こうで大流行りの女性用バッグを簡単に描いて見せる。


「こんな感じ」


「…………?」


「これなら手軽に持てるし、中に多くの荷物を入れる必要はないよ。これはファッションの一つだから」


「!?」


 言われて僕が描いた絵を食い入るように見つめるアーシャ。


 その真剣な目が、とても真っすぐで、楽しんでいるアーシャが眩しく思える。


「ねえねえ、これってどう見せるの?」


「ほら、紐を持つだけが見せ方ではないよね? こういう持ち方にすれば、女性がその手で軽く持って正面を見せる事で、指輪やネックレス、イヤリング以外で見せる事が出来るでしょう?」


「!?」


 暫く絵を睨んだアーシャは、そこにある紙に色を塗って、箱を一つ作り興味ありげに見ていたサリーに持たせる。


「うん。やっぱり似合うね」


「似合うわ! サリーちゃん!」


「え? え、えっへん!」


「あ! その顔に凄く似合うわ! バッグ…………良いわね! クラウド! ありがとう!」


「気に入ってくれたんなら嬉しい。でも素材は色々難しいと思うからまず形を考えて、簡単に作ってみるといいよ」


「分かった!」


 アーシャはモデルのサリーに箱を持たせて、色をいろいろ変えてみたり、箱の形を変えてみたり始める。



「クラウド? アーシャちゃんはまた何か始めたの?」


「うん。バッグをすすめたら、どうやら気に入ってくれたみたい」


「バッグ?」


「うん。女性が手で持てる小さなバッグ」


「??」


 ティナも普段は手ぶらだし、荷物は従魔達に運ばせたり、メイド達に運ばせたりしているのよね。


「荷物を入れる為のバッグじゃない。ああやってファッションの一つとして見せる事が出来て、簡単なモノなら常に持って歩けるバッグだからこそ良いんだよ」


「なるほど! それは楽しみだね! 干し肉とか飴とかビスケットとか持ち歩けるのはいいわね」


 ティナ…………お菓子おばあちゃんになるの?


「クラウド? いまとても失礼な事思ってないのよね?」


「いえ! ティナは今日も可愛いと思いました!」


「むぅ…………」


 ちょっと膨れるティナが可愛かった。




 ◇




 数日後。


「クラウドォ…………助けてよ…………」


 珍しくうなだれるアーシャ。


 実は上手くいかない時のアーシャが見せる顔だ。


 猫みたいで可愛い。


「どうしたの?」


「バッグの構想は出来たんだけど、素材が全然見つからないの。丈夫さとつやが両立出来ないの……」


「はいはい。よしよし」


 うなだれるアーシャの頭を撫でてあげる。


 前世でのバッグの事を思い出してみる。


「つやつやして、頑丈な素材か~、ん…………ある事はあるんだけど」


「!? 本当に!?」


 ちょっとおねだりポーズのアーシャが可愛い。


「ごめん。でも狩れないから簡単には手に入らないというか、もしかしたら一生手に入らないかも知れないかな」


「そんな…………でもクラウドでも手に入らないのなら仕方ないよ…………」


「まあ、聞いてみるだけ聞いてみるよ」


「!? お、お願い!」


「明日の休日、行ってくるよ。こういうお願いは直接話した方が良いと思うし」


 必死に頷くアーシャの頭を撫でて、落ち着かせてあげた。




 ◇




 次の日。


「念話では話しているけど、実際会うのは久しぶりだね!」


【主! こんな遠い場所まで、ご足労いただき感謝申し上げます!】


 目の前には、僕よりも遥かに大きいクロが鼻息を荒げて喜んでくれる。


「今日はクロに一つお願いがあって来たんだけど……」


【何なりとお申し付けください!】


 本当に何でもしてくれそうだけど、あまり強制はしたくはない。


「えっと、強制したい訳じゃないし、出来ないからと言って、僕は何か残念に思うとかはないから、出来ない場合は断って欲しいんだけど、クロのを貰う事って出来たりするかな?」


【鱗でございますか?】


「うん! 婚約者のアーシャが販売用のバッグを作るのに、クロ達の皮で作ったモノが質感も丈夫さも最高峰だから、クロにお願いできたらいいなと思ってさ」


【ふむ。確かに我々の皮と言いますか、鱗は丈夫でありながら、しなやかさを持っています。主の問に答えるなら、可能でございます。ただ、それには一つ条件がございます】


「条件? どういう条件なの?」


【はっ。我々は時折鱗の生え変えが出来ます。その時期が来れば、自ら選択出来ます。子供達の鱗は既にベルン家に沢山置いてあるはずです。我の鱗でしたら定期的に納める事も可能です。それで我が何か被害を受ける事は一切ございません】


「それは嬉しいな! クロも良かったら余った鱗を送ってくれると嬉しいよ!」


【はっ! ある程度集まったら連絡致します! 湖の中にある程度溜まっているので、お持ちになりますか?】


「うん! その分も持って行くよ」


【かしこまりました】


「ありがとう! クロのおかげでアーシャの仕事も進められそうだよ!」


【滅相もございません】


 クロのおかげで、高級バッグ用素材を確保出来た。


 鱗を持って帰るとアーシャは大喜びではしゃぎ、僕まで嬉しくなった。

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