勇者と聖女【終】

第120話 敗北

 ティナ達が魔王領に向かってから、数日。


 僕は変わらず学園で訓練に勤しんでいる。


 それにしても、僕は入学してから生徒らしい時間を全く過ごしていない気がするのだけれど……。


 まあ、おかげで『ステータス』を知り、イレイザ先生のおかげで普通の生徒の強さを知った。


 それだけでも入学した価値は十二分にあるのかも知れないね。


「「「「「クラウド様! 本日の稽古、ありがとうございました!!」」」」」


 僕の前で頭を下げる先輩達・・・


 気づけば一年生の特殊科以外、全ての生徒の訓練をする羽目になり、全ての先輩達から「クラウド様」と呼ばれている。


 あまりにも多いので、辞めさせる事も出来ず、僕はもう諦めムードだ。



 それから数日後。


 ティナから魔族と思われる魔人の訴えを聞いたと相談された。


 魔族も人のように生きていて、全員が悪い魔族ばかりではないとの事。


 ティナから折角だから炊き出しをしたいと言われたので、母さんに相談してみると快く承諾してくれたので、ベルン領で『災害時炊き出しチーム』の出動が決まった。


 もしもの時にいつでも対応出来るように、常に準備していたので、準備も直ぐに進み、料理が出来次第、僕のスキル『従属召喚』で彼女達をティナの下に召喚してあげる。


 暫くして、ティナから炊き出しの様子が報告が来て、とてもほっこりする。


 魔族もちゃんと子供や年配の方を優先しているのが、人族とあまり変わらないと思える。




 次の日。


 ティナ達はそのまま魔王城に乗り込むそうだ。


 それがとても心配だったけど、ティナもアレンも十分に強いと思う。


 だから、無理はしないって事で、様子見で魔王城に向かって貰う事になった。


 魔王城に着いたとの連絡があってから、暫く連絡が来ずに少し不安な気持ちになる。


 ティナ達にはコメ達もロスちゃんもロクも付いている。


 問題ないと思うのだけれど……。


 しかし。


 そんな僕にとんでもない連絡が届いた。











 ――――――「ごめんなさい……クラウド…………私達………………魔王に負けたわ」





 ◇




 覚えている事と言えば、真っ先にロクを召喚して、僕はロクに乗り、全速力で砦『ホープ』を目指した事くらいだ。


 頭が真っ白で、何も考えつかない。


 ティナから負けたと言われた事よりも、そのあとに言われた言葉に受けた衝撃は、今まで人生の中で最も大きな衝撃だった。




 数時間後。


 ロクの頑張りのおかげで、僕は砦『ホープ』にたどり着いた。


 迎えてくれるティナが申し訳なさそうにしている。


 僕はそのままティナに付いて行き、とある部屋に向かった。





 ベッドに眠っている美しい青年。


 何度も見たその顔は――――――僕の最愛の弟、アレンだ。


「あ、アレン? う、嘘だよね?」


 僕はベッドの前に崩れた。


 眠っている弟の顔の覗く。


 安らかに眠っている……。


「クラウド……ごめんなさい……私が付いていながら……」


「…………ティナに怪我はないのね?」


「うん」


「アレンは…………勇者としてちゃんと戦ったのね?」


「ええ。でも力及ばず、魔王に敗れてしまったわ」


「…………アレンが何とか無事だったのは、ティナのおかげだ。本当にありがとう」


 ボロボロになったアレンは気を失って、ティナに回復させられているのだろう。


 こんなに痛々しいアレンを見るのは初めてだ。


 魔族と分かり合えるかも知れないとティナから聞いた時は安心してしまった。


 これでアレンが戦わずに済む世界になるのなら、僕も全力で手伝いをしたいと思っていた。


 なのに……。


 あの魔王はスタンピードで多くの人の命を奪った挙句、アレンまでこんなに傷つけて…………。




 許せない。




 僕はそのまま部屋を後にして、ロクに乗り、魔王城に乗り込んだ。




 ◇




「お兄ちゃんは予定通り、魔王城に向かった模様!」


「了解! アレンくんに掛けた眠りの魔法を解いてくるね」


「あい!」


 ティナは足早に眠っているアレンに向かい、睡眠魔法物理的に腹パンチを覚ませる為にもう一度アレンの腹にパンチを叩き込む。


 ドゴォン!


 砦が揺れるほどの音が響き渡ると、アレンが目を覚ます。


「ううん…………ティナ姉さん? 僕が起きたって事は……兄さんは向こうに?」


「ええ。予定通りだわ」


「よし! 後は兄さんが魔王をボコボコにすれば良いのか」


「そうね。これで後はクラウドが無事に事を終えてくれればいいけれど……」


「大丈夫。あんな魔王、兄さんなら余裕だよ」


「そうね。問題ないわね」


 二人はサリーと一緒にクラウドが消えた方角を見つめながらガッツポーズを決めた。




 ◇




 魔王城の玉座。


 ボロボロになった魔王ハーゲルが、燃え尽きたように座り込んでいる。


 その前に魔王よりも一回り大きく、強者のオーラを放っている魔族が一人やってきた。


「……おい、ハーゲル。誰にやられた」


「ん…………ん!? ぐ、グラハム様!?」


 ハーゲルは飛び上がり、彼の前に土下座を決める。


「お、お久しぶりでございます! グラハム様!」


「おう。久々だな! キロレンの奴から勇者が現れたと聞いてな」


「は、はい! その通りなんです!」


「ガハハハッ! お前は相変わらず臆病だな! それにしても勇者と対峙してよく生きてられたな?」


「え、え…………それが…………」


 ハーゲルはあった事を全てグラハムに伝えた。




「ガハハハッ! 面白れぇ! 今代の勇者は何を考えているんだ~! ガハハハッ!」


 事情を聞いた魔族最強と謳われている上列位のグラハムの大笑いの声が魔王城に響き渡った。

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