第116話 勇者と聖女の教え

 人類の最後の砦『ホープ』に降り立った勇者と聖女。


 それだけで兵士達の士気は最大となっていた。


 後から辿り着いたソフィアにより、負傷した多くの兵士達を回復していく。


 ティナは、聖騎士アレクを助けるのに魔力を大半使ってしまった為、見守っているだけだったが、すぐに厨房に向かうと、義母となる予定のエマから教わったレシピ料理を始める。


 直ちに砦には美味しそうな匂いが充満し、出てくる料理を今か今かと兵士達は待ちわびた。


 そして、出て来たティナは、大量に作った料理を振る舞う。


 いつも男飯ばかりで、嫌気がさしていた兵士達には、それはまさにオアシス。


 兵士達はすぐにティナを敬うようになった。




「ソフィアさん。少し休んだ方がいいですよ」


「で、でも……」


 アレンがソフィアを止める。


「大丈夫。焦らなくても、もう誰も亡くなりませんし、ソフィアさんの魔力が戻り次第回復でも間に合います。もし魔獣が襲って来ても僕が守りますから、今はゆっくり休んでください」


「…………はい」


 ソフィアは安心した表情でアレンに連れられ、聖騎士団長の部屋で休息をとった。




 ソフィアを休ませたアレンが砦にあがる。


「勇者殿」


「聖騎士団長様」


「私に様など付けなくても大丈夫です」


「…………」


「時に、勇者殿に一つお尋ねしたい事が……」


「はい」


「…………どうして聖女様ではなく、わたくしの娘、ソフィアに寄り添っているのかをお聞きしても?」


 本来なら勇者と聖女は結ばれる運命。


 それが王国民の考えである。


 それは最早当たり前過ぎるものでもあった。


「ティナ姉さんは、僕の兄の婚約者なんです」


「っ!? そ、それは誠でございますか!?」


「はい。その証拠にご覧の通り、僕のは光りません」


 アレンは手に持っていた『勇者の盾』を聖騎士団長ノアに見せる。


「そ、そんな…………」


「ぼ、僕は何があろうと、そ、ソフィアさんを守りたいんです」


「っ!?」


 ノアの目が大きくなる。


 まさか勇者様から自分の娘の名前が出るなどと、思ってもみなかった事だからだ。


 勇者様の真剣な眼差し――――そして、ここに来てずっと娘に寄り添っている姿。


 そのどれもが彼の想いを答えるかのようだった。


「…………勇者の盾と聖女の盾が使えず、魔王に対抗するのはとても現実的ではないと思いますが、こればかりは人の定め。私がとやかく言うべきではないでしょう」


「はい。僕の兄さんはとても素晴らしい人で、いつもこう話していました――――固定観念に囚われていると、本来見えるべきモノが見えなくなる。だから当たり前だと思う事を当たり前だと思わないように――――と」


「……固定観念…………当たり前だと思う事を当たり前だと思わない事……」


「はい。恥ずかしい話、私は勇者の才能を開花させて、まもなく十年になりますが…………未だ『専属武装』を解放出来ないんです」


「そう……でしたか」


「もしかしたら、僕はかつての勇者様の中で一番の落ちこぼれ・・・・・なのかも知れません」


「…………いえ、それはあり得ません。文献で伝えられている勇者様は光の剣を無数に召喚出来る方など、誰一人いなかったはずです。それだけで既に勇者様は立派な勇者様だと思います」


「ありがとうございます。ノアさん」


 その時、砦の下から女性一人が登って来る。


「ティナ姉さん」


「勇者と聖女の話ね? ――――ノアさん」


 ティナは、ノアを真っすぐ見つめる。


「はい」


「私は既に『専属武装』を解放出来ます」


「そ、そうでしたか」


「実は既に解放状態にしております」


「っ!?」


「本来なら、『聖女』の『専属武装』は、『杖』でなければならない。そうですね?」


「…………はい。そう伝わっております」


「残念ながら私が授かったモノは、『杖』ではありません」


 そう話すティナは、少し寂しそうな表情で落ちていた拳サイズの石を拾い上げる。


 ティナは拾い上げた石を持った手をノアの前に出す。


 そして――――優しく握り粉砕した。


「っ!?」


「これが私の『聖女』としての力です。私は最初、この力がとても嫌いでした。聖女らしくないこの力を…………でも私の婚約者はこの力を初めて見た時、思わず美しいと言ってくれました。あの時、あの言葉がなければ、私は今でもこの力を嫌っていたかも知れません。これも全て彼のおかげなんです」


「婚約者様はとても聡明で、優しい方なのですね」


「ええ。だからアレンくんが専属武装を使えなくても、聖女である私と結ばれなくても、私達は魔王と戦ってみせます」


「――――――勇者様、聖女様。くだらない思考に囚われ、本当に見るべきモノを見れなかった私を許してください」


「いえ。これも全てクラウドがいたからこそ、私達も気づいたモノです。だから謝る必要はありません。これから私達と一緒に――――――」




 この日から数日後。


 魔族の侵攻が止まった数日間。


 人類最強騎士団として有名な聖騎士団や、各国の有名な騎士達は声を揃えて士気を上げていた。


 ――――「「「「「クラウド様! 忠誠を誓います!!」」」」」と。

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