第114話 スタンピードと聖神降臨

 魔族からの侵攻を食い止めるべく建設された人類最後の砦『ホープ』。


 その砦を守っていた多くの兵士たちの前に絶望が広がった。


 いつもなら死者が出ない範囲で現れる魔物を対処してきた人類だったが、いま目の前に広がっている光景はかつてないほどの魔物の大軍だ。


「…………魔物集団スタンピード


 砦で魔物を見つめる聖騎士団長は呟く。


 彼が団長になってまだ見た事はないが、古い記録ではこういう事例があったとされている。


 きっと、魔王が本格的に人間を攻めると決めたからなのだろう。


「全軍! 魔物なんかに遅れを取るな! 我々人類の背中には守るべき人々がいる! 人類の平和の為に、その命を捧げよう!」


「「「「「おおおお!!」」」」」


 大軍の魔物を前にしても、人類の兵達は士気を下げる事はなかった。


 それもこれも、日頃、この場を指揮している聖騎士団長のおかげだ。


 本国から助けが来る事を信じて、彼らは魔物の大軍と戦う事を決め込んだ。




 最初に仕掛けて来た大軍に魔法使い部隊からの魔法攻撃が炸裂する。


 魔法により大気は震え、魔物の威嚇声が空を覆うほど響き渡る。


 それはまさに地獄と呼ぶに相応しいだろう。


 魔法使い部隊の迎撃は数時間にも及んだが、次第に魔力切れが目立ち始める。


 魔法だけでは処理出来てない魔物は既に砦に来ているが、弓矢による攻撃で十分に間に合っていた。しかし、そろそろ魔力が切れるとなると、大軍が砦に届くだろう。


 それを防ぐ手立てはない。


 砦の入口の前には真っ白い鎧に身を包んでいる聖騎士三十人と、各国の騎士達が数百人並んでいる。


「魔法部隊がここまで粘ってくれたが、そろそろ限界だろう。これからは我々の出番だ! 全員、その命を捧げよう!」


「「「「「おおおお!」」」」」


 そして、砦の巨大な扉が開いた。


「迎撃!」


 聖騎士団長の号令に、騎士達は一斉に砦の外に出る。


 すぐに魔物の大軍に各々の武器を振り下ろした。




 ◇




 前線砦の『ホープ』に向かうスロリ馬車の中。


 空から大きな爆音が響いた。


「っ!? 戦いが始まっている!?」


 外に顔を出して向こうを見つめるアレンとティナの視界に、爆炎が見え始める。


 ソフィアは表情が真っ青に変わる。


「普段の戦いであそこまでの爆炎は上がりません! きっと、凄い戦いが始まっているかも知れません」


 緊迫したソフィアの言葉に、アレンが何かを考え込む。


 そして、



「ロク! お願い! 向こうに急ぎたい! 乗せてはくれないだろうか!」



 馬車の外に向かって放ったアレンの声に、少ししてロック鳥が馬車まで下りて来た。


 きっと、乗せてくれるのだろう。


「ソフィアさんはこのまま馬車で付いて来てください。私とアレンくんは一足先に向かいます」


「っ!? わ、私も!」


「いえ。我々はそのまま戦いに入ります。貴方は力を温存してください、きっとけが人が大量に現れます。その時までにね」


「…………はい……」


 ソフィアはそれ以上わがままを言わなかった。いや、言えなかった。


 自分には戦う術がなく、回復魔法しか使えない。


 出来ればすぐに行けたらいいのだろうけど、アレン達はそのまま戦いの中に飛び込む事くらい、彼女も理解していた。


「アレン様。ティナ様。どうか人類を、騎士の皆様をお願いします。――――それと、無理だけはしないでくださいね?」


「ええ。クラウドに怒られてしまうから、私達は私達が出来る事をするわ」


 アレンも大きく頷いて、窓から馬車の上に飛び乗り、そのままロック鳥に乗り込んだ。


 続けてティナも乗り込み、ロック鳥は凄まじい速度で飛び上がり、戦場に向かった。




「アレン様……どうかお父様をお守りください…………」


 ソフィアは、男手一つで自分を育ててくれた唯一の肉親の無事を祈った。




 ◇




「くっ! 魔獣ども! 終わりがないな!」


 一人の騎士が果てしなく押し寄せてくる魔獣に悪態をつく。


 このままでは、確実に砦が堕とされるの時間の問題だ。


 全員の心に黒い影が曇る。


「団長!」


「……仕方あるまい。私が出よう」


「ダメです! まだ向こうはまだ魔族・・が出ておりません! 序列魔族が出た時に対処できなくなります!」


「だが、このままでは騎士達に被害が広がってしまう」


「…………俺が行きます。許可を」


「…………アレク。お前には」


「守りたいんです。人々を」


「…………」


「団長。俺は覚悟を決めてここに来ているんです。息子が笑って過ごせる世界になるのなら、俺はその礎となっても構いません」


「…………アレク。すまない」


「いえ、団長は謝らないでください。序列魔族が出たら……団長にしか頼れませんから」


 アレクは大きく深呼吸をして、砦に立った。


「聖神降臨!」


 聖騎士アレクから眩い光が溢れ出た。


 その光は人類を照らす光のように眩く、人々の心に勇気を灯すようだった。


 そして、光の中から、一際大きい身体の持つ天使・・が一人現れた。


「我が名はガブリエル。聖騎士アレクの要請により助けにはせ参じた!」


「ガブリエル様」


「人の子よ。悲しむ事はない。アレクは人類の礎となったのだから。代わりに我が全力で彼の変わりを全うする」


「……どうか。お願い申し上げます…………」


 団長の両頬には大きな涙が溢れた。


 身体に天使を降臨させた彼にはもう二度と会えない事に、団長は自分の空しさを噛みしめる。


「では、参る!」




 聖騎士アレクにより降臨したガブリエルにより、魔物の大軍の殲滅が始まった。


 風景を埋め尽くしていた魔物もその数を十分の一にまで減らした頃、天使ガブリエルの表情が曇る。


「ここが限界か…………聖騎士アレク。そなたに最高の賛辞を贈ろう」


 そして、天使ガブリエルは砦に戻り、光の粒子となり消え去り、その場には真っ白な髪になってやつれた聖騎士アレクが現れた。

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