第113話 勇者と聖女の旅

 アレンとティナが教会に通うようになって数日。


 学園を休む事になった。


 どうやら、アレンとしては魔族との前線に急いで行きたいとの事。


 一度止めたんだけど、アレンは「聖騎士の皆様が頑張って受け止めているから、少しでも力になってあげたい」と決意を変えなかった。


 ティナは『聖女』として『勇者』に同行すると表明しているので、自然と二人共に前線に向かう事となった。


 コメを通じていつも連絡が取れるから心配はないけど、もしもの時があるのでロスちゃんとロクも一緒に向かって貰う事にする。


 僕ならいつでも召喚出来ちゃうからね。


 もしも、アレンが危なくなったら、すぐにでも召喚して安全を確保する予定だ。




 ◇




 人間領と魔族領の前線。


「…………隊長。どうやら魔族の動きが怪しくなりましたね」


「そうだな。いつもなら攻め過ぎず、時間をかけるのだが……」


 聖騎士隊長と聖騎士は、視線の向こうに集まった魔物の大軍を見て、今までの動きとは明らかに違う雰囲気を感じ取っていた。


「よりによってソフィア嬢がいないこの時に……」


「それを言っても仕方あるまい。我々はこのままこの要塞で食い止めるしかあるまい」


「…………はい。教皇様には急ぎの手紙は送っております」


「分かった。援護が来るかは分からないが、我々が敗れた場合、人類が滅ぶかも知れない。ここは何としても死守するのだ」


「はっ!」


 聖騎士は急ぎ、要塞の上から降りて、指示を送り始める。


「…………ソフィア。どうか、勇者様を見つけて来てくれ」


 聖騎士団長は、魔物の大軍を見つめてそう呟いた。




 ◇




「アレン。何かあったらすぐに言うんだぞ?」


「うん! 決して無理はしないし、何かあったらすぐ相談するから! ティナ姉さんもちゃんと守るよ!」


 スロリ馬車に乗り込んだアレンが窓越しにそう話す。


 奥には笑顔で手を振るティナも見える。


 二人の力を知っているから心配はないけど、こういう見送る事が少し抵抗感を感じてしまう。


 それに二人とも、いつでも遠距離で話せるし、何かあったらすぐにこちらに召喚して助ける事が出来るから問題ないはずだ。


 そして、僕達はアレンとティナ、ソフィアさんや多くの物資を載せたスロリ馬車を見送った。


 今回は事が事に、ヘイリくんとすっかり大人になった子ウル達に馬車を引いて貰い、そのまま参戦する方向に話を進めた。


 味方は多い事に越したことがないからね。


 爆速で走り去り、どんどん小さくなる馬車を全く見えなくなるまで見送る。



「さて、僕達は僕達がやるべき事をやろうか!」



 僕達はそのまま学園に戻り、いつもの訓練という名の授業を続けた。


 ティナがいなくなったので、回復や補助魔法がない分、訓練は慎重になると思いきや、意外にも僕の『自由魔法』でティナと全く同じ事が出来る事に気づいた。


 なので、ティナ同様ダブル・ビンタで、生徒達の応援をしつつ、訓練を続けた。





 この時。


 僕は知る由もなかった。


 まさか…………アレン達と魔族達の戦いが、あれ程までに熾烈な戦いになろうとは。




 ◇




 前線に向かう馬車の中。


「ティナ姉さん。前線に急いでしまってごめんなさい」


「ううん。全く気にしなくていいわよ? アレンくんの決定に異を唱えたいとは思わなかったもの。それにアレンくんももう家族だと思っているから」


 ティナの笑顔は、女神様そのものだった。


 アレンもソフィアもそんな彼女にどこか救われるかのようだった。


「でも、何となく、私はアレンくんの判断が正しかったと思うの」


「僕が……正しかった?」


「ええ。理由がある訳ではないけれど、前線に急いだ方が良いような気がしてならないの。あのままクラウドの隣にいたら、私は前線に向かう事はなかった。きっと相談もしなかったと思うの。だけどアレンくんのおかげで向かう事が出来た。もしかして、今の前線は何か大変なことが起きているかも知れないから……」


 二人はティナの言葉に息を飲み込んだ。


 『聖女』とは、女神様から愛された存在。


 そんな彼女が危機感を覚えるという事は、何かが起きていてもおかしくないと思える。


「お父様……どうかご無事で……」


 ソフィアが不安そうに外を見つめる。


 自身の父親である、聖騎士の事を思い浮かべた。


「ソフィアさん、大丈夫です。スロリ馬車は兄さんが作った傑作のひとつです。このまま止まる事なく向かいますから、すぐに着きます」


「そうでしたね……ありがとう。アレン様」


 ほっとした表情を見せるソフィアに、アレンも安堵の表情を見せる。


 そんな二人を見つめながら、ティナは自分達もこういう風に見えているのだろうかと一人悩みを抱えた。




 ◇




 人間領と魔族領の前線。


「ぼ、ボス。ほ、本当に人間領に仕掛けるのですか?」


「…………」


「こんな事したら、聖騎士達もそうですが、人間共の強者達が黙っちゃいないですよ!?」


「…………仕方ないだろう! 魔王様がこうしろっていうんだから!」


「魔王様……一体何をお考えて……」


「はぁ…………序列二位のグラハム様が本気を出してくださっていれば、今頃平和だったろうね……」


「それを言ったらおしまいですよ、グラハム様は戦いが嫌いで、もう田舎に戻られましたから……はぁ、今の序列一位の魔王ハーゲル様は本当に憶病ですね~ここまでしなくても人間達が攻めて来たりはしないと思うのに……」


「だな。向こうの聖騎士団長も深追いは一切しないしな」


 二人の魔族は深いため息を吐いた。


 序列一位が魔王になるルールがある魔族。


 現在の魔王が、魔王史上最も憶病・・で有名な魔王でもあった。


 ――――実にその下の二位から十一位までの強者魔族達がめんどくさがり、押し付けているだけなのだが、そんな事実を知るモノはそう多くはない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る