第106話 奇跡

「「「「「古い伝統をぶっ壊せ!」」」」」


 王都教会に所属している枢機卿は、王城から急な応援要請があって大急ぎで王城前にやってきた。


 その前に広がる光景に開いた口が塞がらなかった。


「い、一体これは……」


「枢機卿! もしかしたら、洗脳か催眠に掛かっている可能性がございます! どうか彼らに解呪の魔法をお願いします!」


「わ、分かりました!」


 あまりにも異様な雰囲気に飲まれながらも、枢機卿は今までの経験による落ち着きを見せ、なんとか彼らに聖なる魔法を使う事に成功した。


「「「「「古い伝統をぶっ壊せ!」」」」」


 輝かしい光が彼らを包み込む。


「「「「「古い伝統をぶっ壊せ!」」」」」


 その美しい光の中、生徒達の声は静まる事はなかった。


「「「「「古い伝統をぶっ壊せ!」」」」」


 城壁の上から見つめる宰相や兵士達は、もはや彼らが神々しくさえ見え始める。


「「「「「古い伝統をぶっ壊せ!」」」」」


 枢機卿は彼らの前に両膝を付いた。


「「「「「古い伝統をぶっ壊せ!」」」」」


 ああ……これぞ、女神様を祝うかのような美しさだと思う枢機卿の両頬には、大きな涙が流れ始める。


「「「「「古い伝統をぶっ壊せ!」」」」」


 これはきっと女神様の啓示かも知れないと、枢機卿の頭の中を過る。


「「「「「古い伝統をぶっ壊せ!」」」」」


 いつの間にか集まつた教会の信徒達や貴族達、兵士達も彼らの前に跪き、祈りを捧げた。


「「「「「古い伝統をぶっ壊せ!」」」」」


 その神々しさから、後に『神に取り憑かれし生徒達の啓示』として語られる事となるのであった。




 ◇




「…………サリー?」


「どうしたの? お兄ちゃん」


 サリーが僕の前でドヤ顔でとある紙を見せてきた。


 『我、ディオンズ・ガル・ディアリエズにより王国民に告ぐ。これより『休日』というモノを定める。五日のうち一日を『休日』とし、その日は休む日とする。ただし、商売により『休日』の方が仕事になる職業に限っては、別日に『休日』を設ける事でも良しとする。これは王命である。『休日』は仕事や勉強をせず休む日と定める』


「…………えっと、サリー? いつの間に王様にまで話がいったのかな?」


「えっへん! サリーの知り合いに頼んだ命令した!」


「今、心の中で命令したって言ってる気がしたよ!?」


「そうとも言うかも知れない!」


 ドヤッ――――。


 サリーの清々しいまでの表情にこれ以上聞くのも難しいと感じる。


「お兄ちゃんの教えを得るには、これくらいやってくれて当然よ!」


「僕の教え……」


「そう! 魔法の深淵なの!」


 …………僕、サリーに魔法を教わったばかりだけど、寧ろ何を教えたのだろうか。


 そう言えば、以前無詠唱の事とか、色々話していたっけ。


 僕が教えたのはただの足し算と掛け算とかなんだけどな…………おかしいな…………。


「あっ! お兄ちゃん。お兄ちゃんに会いたい人がいるみたい」


「僕に? 誰だろう……」


「確か、王都教会の次期教皇の枢機卿」


「またとんでもない人に目を付けられた!?」


「どうやらティちゃんの事も知らないみたいだよ? 学生の中に勇者様と聖女様がいるって事は噂で知っているらしいけど、学園長が教えないと固く拒んだらしくて、出来ればそちらも会いたいみたい」


「ふむ…………それは僕の一存では決められないな。それはアレンとティナに相談しよう」


「うん!」


 僕は頑張ってくれたサリーの頭を優しく撫でる。


 色々あったけど、何とか『休日』を勝ち取った(?)ので、アーシャにも土産が出来たという所か?


 兎にも角にも、これで休日は王都散策に出掛けられそうで良かった。


 後は、次期教皇様にも会ってみないとね。


 僕はサリーと一緒に大変な一日を終えて、屋敷に帰って行った。




 ◇




「ふむ…………アーノエル卿。それはまことでございますか」


「はっ。あれは呪いや洗脳、催眠の類ではありませんでした」


「そうですか……では魔族は関係ないのですね?」


「間違いなく関係していないと断言出来ます」


 素朴で飾り気のない部屋だが、美しくも真っ白に統一された衣装の年配の男性と、先日生徒達の前に涙を流した枢機卿のこと、アーノエル卿だ。


「では聖女様という線は?」


「それは確かではありませんが、微かに彼らから『女神様の祝福』を感じられました」


 枢機卿の言葉に、男性が思わず立ち上がる。


「そ、それはまことですか! アーノエル卿!」


「はっ、その証拠にわたくしの聖魔法『サンクチュアリ』に呼応するかのように、生徒達が光り輝きました」


「おお! 何という奇跡! しかもその生徒達全員が祝福を得られたという事ですね!」


「そうでございます!」


「おおお!」


 年配の男性の目からは嬉し涙が溢れた。


「遂に……遂に! 女神様が聖女様をお使いになられたのです! 何という奇跡! これでかの魔王の脅威から人々を守れるという事です! 噂通りなら、既に聖女様と勇者様は共に歩んでおられるとの事。それは本当の事かも知れません! 何て素晴らしい日なのでしょう!」


「おめでとうございます。ダニエル教皇猊下」


 教皇と枢機卿は、人類の非常事態に現れた希望に嬉し涙を流した。

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