第102話 決闘のような何か

 次の日。


 僕は朝の授業の前に、ヴィアシル先輩を訪れた。


 ティナと一緒に三年生の教室付近に来ると、魔法科の先輩が走って来てすぐに案内してくれる。


 使命感に溢れている瞳……。


 あぁ……不安しかないな。



「これは、クラウドくん。いらっしゃい」


「ヴィアシル先輩。おはようございます」


「うむうむ。ん? こちらの彼女は、ティナ嬢ではないか」


「ヴィアシル先輩、おはようございます」


 ティナも優雅に挨拶をする。


「まさかティナ嬢も来るとはね。本日は婚約者くんとは一緒じゃないのかね?」


 あれ?


 ティナの婚約者?


 それって僕の事……ではないのか?


「あら? 私の婚約者はこちらにおりますよ?」


 ティナが俺の腕を絡む。


 それを見たヴィアシル先輩が驚いた表情をする。


「!? てぃ、ティナ嬢の婚約者は、勇者・・様なのではないのか!?」


「え? アレンくん? 違いますよ?」


「なっ!? ま、まさか……聖女でありながら、勇者との婚約ではないだと!?」


 ヴィアシル先輩の驚く声に、教室の他の先輩達からも不安がる声が聞こえた。


「何だかいろいろ大変な事になっていく気がする……」


「ふふっ、クラウドはいつも人気だもんね」


「いやいや、どちらかと言えば、ティナのおかげだと思うんだけど!?」


「え? えへへ、それは嬉しいな~」


 嬉しそうに笑うティナ。


 そういう意味で言った訳ではないけど、結果的に笑顔が見れたんならいっか。


「あ、ヴィアシル先輩。実は引き抜きの件ですが」


「ん? あ、ああ! そ、そうだとも。どうなったんだね?」


「ごめんなさい。実はうちのティナが聖女の下で働きたいのならベルン領に来るといいと言ってしまったそうで……」


「な、なっ!? せ、聖女様の下…………なるほど……それでか。しかし、どうして彼ら全員・・がそうなるのか、君には思い当たる節はないのかい?」


 え?


 ぜ、全員!?


 ヴィアシル先輩の声を聞いた後方にいた魔法科の先輩達が全員・・廊下に出て来た。


「「「「我々はクラウド様に忠誠を誓います!!」」」」


「いやいや! 先輩達は僕じゃなくてティナに忠誠を誓うんじゃないんですか!?」


「なっ!? く、クラウドくん! これはどういう事なのだ!? 聖女様の下に行くのではないのか!?」


「「「「我々はクラウド様に忠誠を誓います!!」」」」


「ま、待ってください! ほ、本当に僕は関係――――」


「「「「我々はクラウド様に忠誠を誓います!!」」」」


「クラウドくん! 君は聖女様の名を使い、我が家だけでなく、生徒達を全員引き抜こうとしているのだね!?」


「ち、違いますよ!!」


「「「「我々はクラウド様に忠誠を誓います!!」」」」


「あああああ! 先輩達、もうそれ言わないでくださいよ!!」


 一体何が起きてるんだ!!


 先輩達の目がもう死んでる気がするよ!!


 死んでるというよりは、やる気に満ち溢れているか。


 


「クラウドくん! き、君にサルグレット伯爵家の名の下に決闘・・を申し込む!! 生徒達の平和は生徒会長である僕が守る!!」




 生徒会長は胸元に入れていたハンカチを僕の前に投げつけた。


 その目はある意味使命感に溢れていた。




 ◇




 実技訓練所。


 僕の前に戦闘態勢のヴィアシル先輩が木剣を持って、身体を伸ばしている。


 周りのテンションでというか、何となく流れで決闘っぽい何かをする羽目となったけど……。


「クラウドくん! 君の悪事はこのヴィアシルが阻止してやろう!」


「「「「うー! うー!」」」」


 ヴィアシル先輩の声に、ものすごいヤジが飛ぶ。


 先輩は「応援ありがとう~!」と両手を広げてヤジを受けていた。


 モノが飛んできてないだけマシなのかも知れないね。


「よし、僕はいつでもいいぞ! クラウドくんはもう良いのかい! 僕は紳士だからね~ちゃんと待ってあげてもいいのだよ!」


 ヴィアシル先輩はとても優しい人なのかも知れないね。


 優しいからこういう事になったのかも知れない。


 そう信じたい。うん。


「僕はいつでも良いので、先輩がよろしければいつでもどうぞ」


「うむ! では、これから始めよう! ティナ嬢! 始まりの合図を!」


 それを聞いたティナはウキウキした表情で、右手を上げた。


「では――――クラウド対ヴィアシル先輩の試合――――開始!」


 ティナによる開始の合図で、ヴィアシル先輩が勢いよく飛びかかってくる。


 イケメンな先輩は、見た目とは裏腹にものすごい速さで動いた。


 今まで見てきた生徒の中で一番強いかも知れない。


 僕も持っていた木剣で、先輩の攻撃を打ち返した。


 ボギッ!


 木が割れる音が聞こえて、先輩が手に持っていた木剣をその場に落とした。


「な、なっ!? う、腕が!?」


「ん? 先輩?」


「う、腕が…………動かない!? 僕の腕、どうしたのだ!!」


 先輩が震えている自分の右手を見つめる。


 信じられないという表情だ。


「ティナ。先輩の腕が調子悪いみたいだから、回復させてくれる?」


 ティナは元気に手をあげて、先輩に向かう。


「ヴィアシル先輩、調子悪そうなので、回復は任せてください」


「ん? てぃ、ティナ嬢! ぜひお願いしたい!」


「はい! では――――――ヒールコンボダブル・ビンタ!」


 バシッ!


 ティナの両手ビンタが先輩の両頬に炸裂する。


 一瞬、「痛っ!?」という声を漏らした先輩だったが、すぐに「んほ~」って声を漏らした。


 まぁ、大体みなさんこうなるんだよね。


「てぃ、ティナ嬢! 感謝する! これでものすごい活力に満ち溢れたよ! これでクラウドくんから皆を助け出せる~!」


「ふふっ、先輩、頑張ってくださいね~」


 ティナが僕に手を振りながら離れていく。


「では、気を取り直していくぞ! クラウドくん!」


「ど、どうぞ」


 そして、こちらに飛んできた先輩は僕の木剣を受けるとまた落として、ティナにまた回復される。


 それを十回繰り返すと、先輩が僕の前に素手で飛んできた。


 そして、











「クラウド様! 忠誠を誓います!!」


 見事なダイビング土下座だった。

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