第101話 引き抜き?

「待ちたまえ」


 その日の授業という名の訓練が終わり、帰り道。


 僕の前を塞ぐ人物がいた。


 何処かで会った事あるような……ないような……?


「僕ですか?」


「ああ! 君に用があるのさ!」


「……えっと、そもそもどなたですか?」


「なっ!? 僕を知らない……だと?」


「えっ?」


 ものすごくショックを受けたような表情になる黒髪イケメン風な男性。


 アレンほどではないけど、さぞかしモテているだろうと思る。


 現に後ろに沢山の生徒を連れて歩いているように見える。


 貴族なのは間違いなさそうだ。


「こほん。僕は――――ヴィアシル・サルグレットさ!」


 ……。


 ……。


 ……。


「クラウド? 入学式で見てないの?」


「ん? 入学式?」


 ……。


 ……。


 ……。


「入学式で会いましたっけ?」


「な、なっ!?」


「クラウド。サリーちゃんの前にいたでしょう?」


「…………あ! 生徒会長!?」


「こ、こほん! そ、そうだとも! 生徒会長のヴィアシルだ!」


 ちょっと涙目の先輩はそう告げた。


 入学式では、サリーの登場があまりにも衝撃的で、その前に出来事は綺麗さっぱり忘れていたのだ。


 ちょっと悪い事をしたのかもと思ってしまう。


「えっと、ヴィアシル先輩。それで僕に何かご用ですか?」


「ふむ。実は、僕の同級生の友人から「クラウド様に忠誠を誓ったから、君との約束は守れない」と言われてしまったのさ」


「……えええええ!? ど、どういう事ですか!?」


「寧ろ僕が聞きたいのさ! 彼らはこの学園を卒業して、サルグレット伯爵家に雇われる予定だったのに、まさかこの時期になって、断わられてしまったのさ。友人でもある彼らにそう言われて、どうしても君に確認を取りたくてね」


 …………全く身に覚えのないんだけど。


「アーシャ? 何か知らない?」


「あ~! そう言えば、ティナちゃんがそんな事を言っていた気が……?」


 ティナは現在職員室で魔法科の授業の打ち合わせをしてから帰宅するとの事で、この場にはいない。


「えっと。ヴィアシル先輩。うちの婚約者がそれについて何かを知っているかも知れないので、今夜聞いておきますので、明日でもよろしいですか?」


「うむ! ぜひそうしてくれると助かる! 君が悪意・・を持って我が家のこれからの戦力を引き抜いていない事を祈っているよ~」


「え、ええ……」


 ちょっとその自信はないかな…………。


 そもそもティナが何かを言わなくても、あれ・・を受けてしまっては、もう手遅れになっている可能性が……。


 わざとではないけど、まさか生徒達からもそういう信者・・が生まれるなんて想像だにしてなかった。


 うちの領内だけの出来事だと思ったんだけどな。




 屋敷に帰り、母さんをこちらに召喚してあげると、テキパキ夕飯の準備を進めてくれた。


 この『従属召喚』のもう一つ良い所があって、それは召喚する際に身につけている物も一緒に召喚出来ることだ。


 これは、無条件で召喚するという文言通りで、例えるなら人を召喚した場合、着ている衣服や装備、所持品も全部召喚出来る。


 もし衣服が召喚出来なかったら……きっと僕は色々後悔していたに違いない。


 寧ろ、あの時、サリーを送った時にそういう事を全く気にしなかったのが、後々になって気づいた時には安堵した。


 それはそうと、この召喚した際に所持品も一緒に召喚出来る事により、母さんが一緒に食材を持って来てくれて、すぐに料理を始めてくれるのだ。


 アーシャも母さんの手伝いに混ざり、屋敷のリビングにはあっという間に良い匂いで充満した。



「「ただいま~」」


 ティナとサリーの声が聞こえる。


 入って来た二人は何となく感づいたみたいで、すぐに母さんに挨拶に向かう。


 ティナにはちょっと聞きたい事があるけど、挨拶の方が先よね。


 挨拶を終えると、ティナも料理手伝いに混ざり、俺はサリーと二人でリビングで待機する事となった。


「サリーちゃん」


「うん? どうしたの? お兄ちゃん」


「実はさ、今日、生徒会長から引き抜きはしないで欲しいと言われてさ」


「へぇー? お兄ちゃん、ヴィアシル先輩の所から引き抜きしたの?」


「いやいや! 全く身に覚えのない事でさ。どうやらティナがその件を知っているそうだけど、あとで聞いて見ようかなと思って」


「そうね。貴族間の戦力の引き抜きは、引いては戦争になるって言われているからね。しかもヴィアシル先輩って、伯爵家の人だからますます大変な事になるかもね」


「そうなんだよ……はぁ。まさかとは思うけど、ティナのヒールコンボで領内の信者達みたいになってないといいんだけど……」


「あ~そう言えば、ティちゃんってそういう才能があったもんね」


 ベルン領内の全ての兵達、防衛隊員達は時折ティナからヒールコンボで励まして貰い訓練を受ける事があった。


 ティナが来てから一年後の専属武装を展開して生活するようになってから覚えたヒールコンボ。


 あれを数年間受けていたうちの兵達は、ティナを崇拝するようになっている。


 ついでに? 僕も崇拝してくれているけど、それがたまに怖いとさえ思えていた。


 学園でヒールコンボを使ったのは、たった数日。


 数年ならまだしも……まさか一、二回でああにはなるまいと思っていたのに、まさかね……。




 母さんが「ご飯出来たわよ~」と呼んでくれて、屋敷で一人寂しい思いをしていそうな父さんも屋敷に呼んで、久しぶりに家族で夕飯を食べた。


 母さんも父さんも僕達がいなくなった事で寂しいとの事で、これからは毎日夕飯をここで食べる事にするとの事。


 僕が向こうに行けないので、必然的に両親にここに来て貰う事になるね。


 両親が帰り、風呂に入る前にティナに例の件を聞く事にした。


「ティナ」


「ん?」


 ティナにヴィアシル先輩とあった出来事を一通り説明する。


「あ~、それはね。先輩達から「どうすれば、聖女様の下で働けるのでしょうか!」と聞かれたから、「ベルン領に来たらいいと思います」って答えておいたよ?」


 えええええ!?


 やっぱり犯人はティナだったのか!!


 というか、先輩達!?


 もう聖女様の下で働きたいの!?


 ヴィアシル先輩との友情は一体どこに…………。


 はぁ、明日ヴィアシル先輩に事情を説明して謝らないとね。


 貴族同士の戦いにならないといいけど……。



 明日の事が不安がりながら、僕は風呂上がりに一瞬で眠りについた。

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