第96話 剣聖の稽古

 次の日。


 午前中は中級戦士科が昨日同様、熊さん一人に飛ばされる訓練を受けた。


 訓練が終わった後、全員どこか凛々しくなっている。


 きっと彼らはこれから伸びると思う。



 午後になり、上級戦士科がやってきた。


「クラウド様」


 エルドが僕の前で跪いた。


「エルドくん? 跪くなんて珍しいね」


「はっ、もしよろしければ、生徒達の稽古の後、このエルドにも稽古をお願い致します」


「ん? エルドは別枠ってこと?」


「はっ」


「分かった~、エルド的にこのクラスは熊さんと対面で戦える人はいそう?」


「……二人ほど善戦出来るかと。他はまとまれば何とか」


 エルドに言われ、眺めてみると、エルドほどじゃないけど、男女の一人ずつオーラが違う二人を見つけた。


「よし。君と君は個別で、他の生徒達は熊さん一体と戦って貰うよ~ケガしてもティナがいるので心配せず頑張ってね!」


 何となく、みんなの目が冷たく感じる。


 まあ、それはさておき、取り敢えず熊さんを三体召喚した。


 少し唸り声が聞こえたけど、さすがは上級戦士科。


 うろたえる生徒は誰一人いない。


 相変わらずのミトンを着用させた熊さんは生徒達を、強そうな二人には熊さんをそれぞれに付けた。


「では、始め~!」


 下級、中級と一線を画すような戦いが始まった。


 まず、中級ですら一瞬で吹き飛ばされていたのだが、上級の生徒はちゃんと防げているし、吹き飛ばされた生徒も受け身が上手い。


 そして、次から次へと熊さんに襲い掛かる。


 おお~これならうちのスロリ街の子供警備隊くらいの強さはありそうだ。



「熊さん! 少し本気出していいよ!」



 ずっと申し訳なさそうに稽古を頑張ってくれている熊さんの目つきが少し変わった。


 そして、下級、中級の生徒同様、一瞬で吹き飛ばされ始めた。


 まあ、吹き飛ばされたらティナが待っていてくれるから大丈夫だよ。




 今度は強い二人の方を見た。


 手加減しているはいえ、熊さんの攻撃が全然当たらない。


 しかも、息が乱れていないのがまだ余裕がある証拠だ。


 こっちも少し本気を出させるべきか?


「ふん。絶望の大熊は上級魔物の中でも上位だと聞くが、大した事ないな?」


「そうね。こんなに弱いと思わなかったわ。オーラが見かけ倒しね」


 …………。


「熊さん。ちょっとだけ本気出していいぞ~」


 ガルルルル…………。


 熊さんが少し怒った。


 そして、目が少しだけ本気なった。


 そして、二人は秒殺された。


「ティナ~、ごめん。こちらの二人も回復お願い」


「は~い」


 二人にもティナのヒールコンボを注入。


 学園が終わるまでずっと熊さんに吹き飛ばされていた。




「さて、エルドは誰と稽古する?」


「僕は――――クラウド様でお願いします」


「へ? 僕?」


「はっ! アレン様の光の剣も獲得なさっておりますから、クラウド様に少し遊んで頂きたく」


「……分かった。僕も自分の力を知りたいとこでもあったから」


「ありがたき幸せ」


 エルドが木剣を構える。


 僕も木剣を構えて対峙した。


 先に仕掛けて来たのはエルドで、ものすごい速さで薙ぎ払って来た。


 試しにその木剣をまっすぐ受け止めてみた。


 ドカーーン!


 ものすごい爆音と爆風が周囲に広がる。


 しかし、音や風が強いだけで、腕には何の感覚もない。


 それからエルドの怒涛の攻撃のラッシュが始まった。


 凄く早いんだけど、全ての太刀筋が見えるので、一つ一つ叩き返した。


 五十合くらいぶつかり合った所で、エルドが離れた。


 ただ返していただけなのに、エルドが激しく息を吐いている。


「さ、さすがクラウド様……漸く初めて稽古を……していただきましたが、ここまでだとは……」


 へ?


 ただ打ち返していただけなんだけど?


 すると、エルドが握っていた木剣を落とした。


「まさか……全ての攻撃を『静寂打ち』で返させるとは……」


 …………『静寂打ち』とは何でしょうか?


 ……。


 すると後ろでボロボロになっていた強い方の一人が聞いて来た。


「エルドくん。『静寂打ち』ってなに?」


 よくやった!


 僕も知りたかったんだ。それ!


「う、うむ。『静寂打ち』とは相手とお互いに高速で剣をぶつけ合う寸前に一瞬だけ剣を止めて跳ね返す技なのだ」


「ふうん? それで何が凄いの?」


「ああ、剣をお互いにぶつけ合う直前に剣を一瞬だけ止める事で、本来流れるはずの気流を一瞬だけ遅らせてその気流よりも更に早く打ち付ける。そうする事によって、相手の気流が乱れ、剣自体に打撃が入る。本来ならお互いの剣を覆っている空気や気流によって感じる事がないが、それがなくなった事により、相手の剣に直接強撃を叩きこむ事で、相手の腕を直接叩くのと同じ事が起きるのだ……これでたった五十合で既に右手で剣を持てなくなったのだ…………」


 へ、へぇー!


 そ、そうだったんですね!


 さ、さすがはうちのエルドくん!


 博識で凄いね!


 うんうん!


「エルドくんも凄く強かったよ! 今度はもうちょっと僕も攻撃してみようかな~なんちゃって」


「っ!? は、はっ! このエルド。クラウド様の一撃を貰えるまで、この先も頑張ります! ありがとうございました!」


 エルドは完全な土下座をするが、僕は冷や汗が止まらなかった。



 そのあと、ティナからヒールコンボで回復して貰うと、一人で訓練場の脇で木剣振りを始めた。


 振る度に空気が揺れる。


 ……僕ってあれを返したのか…………。


 あれ?


 もしかして……エルドったら、僕のメンツを守るために一芝居打ってくれたのか!


 そうだな!?


 そうじゃなければ、あんなに凄い剣戟を僕は打ち返せるはずもないよね。






 クラウドは誤解するのであった。


 エルドが全力だった・・・・・という事を。

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