第86話 いつもの光景

 体育館っぽい場所は実技訓練場という場所で、僕たち『特殊科』と一緒に『戦士科』がいる中、たまたま『魔法科』も入ってきた。


 今年の魔法科は、主席のサリーがいる。


 更には『聖女』のティナもいるはずだ。


 入ってくる魔法科の生徒達の顔は、自信に満ち溢れていた。


「……魔法科の連中、こっちを見てドヤ顔しているわ」


 隣にいるアリアさんがぼやいた。


「あはは……いいんじゃないの?」


「え! クラウドくんはそれでいいの!? 悔しくないの!?」


「ん~、全く分からないかな」


「……先の帰りもピンピンしていたし、貴方、意外に大物ね」


「ただのしがない魔物使いだよ」


「そう言えば、貴方の相棒・・いないわね?」


 隣にアーシャはいるから、恐らく従魔の事なのだろう。


「あ、ああ……ちょっと出かけてくるって出てから帰ってこないね」


「え? 出かけてくる? 従魔が?」


「? そうだけど?」


 アリアさんが信じられないものを見ているかのような表情をする。


「自分の従魔を勝手に行動させるなんて……それで事故が起きたら全部貴方の責任になるのよ? 大丈夫なの?」


「あ~、それはたぶん大丈夫。うちの従魔は可愛いから」


「可愛い? どういう理屈よそれ」


 そんな話をしながら魔法科の生徒を眺めていたけど、サリーたちがいない?


「肝心な主席様はいないみたいね」


「そうだな。まあ、色々忙しいのだろう」


「そうね。あのレベルまで行くと、私達の凡才とはレベルが違うだろうからね」


 …………あれ?


 レベルって言葉が凄く……ものすごく違和感なんだけど。


 前世では良く聞く言葉だったけど、この世界では初めて聞いたかも知れない。


 あれ?


 アリアさんって……もしかして……?



「そうわね。サリーちゃん達は才能に溢れているし、レベルも高いですからね」



 隣のアーシャが答えた。


 …………あれ?


 アーシャも何気なく『レベル』って言葉を使っているけど、どうして!?


 そのままアーシャに聞こうとしたら、引率していたヒオリ先生から次の場所に行くと言われ、聞きそびれたまま、先を進んだ。


 何となく、レベルの事は聞けないまま、時間が過ぎ、学園の案内で一日が終わりを迎えた。


 疲れた訳ではないけど、今までは自分がやりたい事をやったり、どちらかと言えば自分が引率する側だったけど、案内されたり、説明を聞く側だったから精神的に疲れていた。


 家に帰って、真っすぐ風呂に入ると少しうとうとになった。




「ふふっ、珍しくクラウドが疲れているわね」


「ええ、一日歩き回ったり、説明聞いたりしてたのが疲れたみたい」


「私達は先日聞いたから行かなくていいと言われて、あのまま職員室で先生と色々打ち合わせしていたよ」


「やっぱりそうだったのね? クラウドくんがティナちゃんを探していたからのよ?」


「本当?」


「ええ。クラスの可愛い女の子ともお喋りしていたけどね」


 バギッ


 ティナが手に持っていた木製スプーンが粉々になる。


「アーシャちゃん。詳しく」


「ふふっ、大丈夫よ。クラウドくんにはそんなつもりはないみたいだから」


「…………やっぱりクラウドも魔法科に入って貰うべきだったわ」


「さすがに無理かな~、魔法使えないし」


「むぅ……アーシャちゃん? ダメよ? ちゃんと叱ってあげなくちゃ」


「浮気になりそうだったら叱るよ~」


「うん! 任せた!」


 ティナは慣れた手付きで、粉々になった木製スプーンを片付けて、新しいスプーンを取り出した。


「ティナちゃん、随分慣れたみたいだけど、相変わらず大変そうね」


「うん…………でも強くなる為には仕方ないから」


 ティナが自分の両手を開いて見つめた。


 この五年で守りたいモノ・・の為に身に着けた力。


 最初は苦労していたが、今では普通の生活が出来るようになっている自分の両手を、愛おしく見つめる。守りたいモノを見るかのように。


「あ! クラウド! 座ったまま寝ないで! ほら、ご飯先に食べよう?」


 うとうとしていたクラウドがいつの間にか座ったまま眠っている事に気づいたティナが優しくゆすって起こした。


「へ? ここどこ?」


「ここは家よ?」


「家……ん……」


「はいはい、ほら、クラウドが大好きな野菜スープですよ~、あ~んして」


 既に目が開かないクラウドの口に、野菜スープを運んであげるティナ。


 二人を見ながら自分の事かのようにニヤニヤしているアーシャ。


 ティナの献身的な介護でスープを飲み終えたクラウドは、ティナにお姫様抱っこされ、ベッドに運ばれた。


「ふふっ、クラウドがああなるのはティナちゃんの前だけだね」


 運ばれるクラウドを見ながら微笑むアーシャだった。




「ただいま~」


「あら、サリーちゃん、アレンくん。お帰りなさい~」


「ただいま~アーシャ姉さん」


「ふふっ、ご飯出来てるわよ。風呂からする? ご飯からする? それとも――――」


「お兄ちゃんにする!」


 サリーが元気よく手を挙げた。


 クラウドを寝かしつけて丁度帰ってきたティナが入ってくる。


「残念、お兄ちゃんは寝落ちしたわよ」


「あれ? 珍しいね?」


「珍しく疲れたみたい」


「そうなんだ。じゃあ先にご飯! アレンくんは?」


「じゃあ僕は先に風呂にするよ」


「分かった~」


 四人は慣れたように打ち合わせを終わらせ、アレンは風呂に、サリーはティナとアーシャと一緒に食事を取った。


 三人が食事終わった頃、風呂帰りのアレンと、訓練帰りのエルドが食事を取り、三人娘が風呂に入る。


 家族のような付き合いの彼らには既に慣れた感じの流れだった。


 そんな中、クラウドは一人、夢の中で幸せに笑っていた。

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