第72話 二人の令嬢の想い

 僕がデザイナーについて二人の令嬢に教えた次の日。


 『トイレ』を設置し始めた。


 その光景をアーシャ令嬢とティナ令嬢も見に来ていた。


 何やら二人はひそひそ話していて、とても気になるけど、今は仕事が優先だ。


 俺はカジさんに指示を出しつつ、連れて来た狢達に地中を掘らせたり、スラに分体を地中に埋めて貰った。


 馴れた手付きで作業を進める鍛冶組のおかげで、たった一日で目標だった四か所の設置を終えた。


 意外にも一か所は働いている人達用のトイレだったので驚いた。


 そして、その日に作業が終わり、昨日と同じく食事会があり、ガロデアンテ辺境伯様もとてもご機嫌で、無事に今回の依頼を達成出来た。


 次の日。


 予定としてはあと三日ほど滞在する事になっていたが、速めに作業が終わったので、鍛冶組にも今日一日特別休暇を出して、ギシリアン街を満喫して貰った。


 僕はティナ令嬢と二人でギシリアン街を堪能した。


 初めて来る街だからあっという間に時が過ぎて、次の日を迎えた。



 既に作業を終えたので、僕達はスロリ町に帰る事にしたのだが……。


 ティナ令嬢と共に、ガロデアンテ辺境伯様に呼ばれ、執務室で三人になった。


「クラウドくん。此度の件は感謝する」


「いえいえ、こちらこそ初めての経験も出来て、とても素敵な庭も見れました。ありがとうございます」


「ふむ…………クラウドくんから見てもあのは素晴らしいモノかな?」


「ええ。僕が今まで見てきたどんなモノより、美しい庭でした」


「そうか……ふむ。今日はクラウドくんに正式にお願い・・・をしようと思ってな」


「正式にお願い…………」


 身分差を考えれば、それは最早命令だろうけど、ガロデアンテ辺境伯様はそういう風には思わないはずだ。


 この『トイレ』の一件で、既にある程度お互いの距離間を知っているからね。



「そうだ。…………娘、アーシャを嫁に貰って欲しい」



「ええええ!?」


 以前、娘を貰ってくれと言っていたけど、やはり冗談ではなかったのか!?


 ティナ令嬢は知っていたような表情だった。


「実はな。これはわしだけの決定ではない。あの子が選んだ道でもあるのだ」


「え? アーシャ様が?」


「ああ、そうだろう? ティナ令嬢」


「……はい。アーシャ様からもご相談を承りました。その理由もとても共感が持てるものでしたし、アーシャ様から正式に第夫人で良いと聞いております」


 第二婦人!?


 いつの間にそんな話を!?


 僕は全く知らないんですけど!?


 それにアーシャ令嬢と出会ってまだ三日とかだし、何なら初日くらいしかまともに話していないんだけど!?


「うむ。ではティナ令嬢としては、問題ないとの事だな? ではクラウドくんとしては、まだアーシャの事がよく分からない事もあるだろう。一緒に過ごせばあの子が如何に素晴らしい女性かは直ぐに分かるだろう。婚約を前提にアーシャをベルン領に送らせる事とする」


「えええええ!?」


 あまりにも予想外の言葉に返事すらまともに出来なかった。


 そもそも、婚約前提なのとか、うちに送るとか、そんなの大丈夫なの!?


 辺境伯令嬢って、婚約にならないように男と話せないと聞いていたんだけど!?


 婚約もしてない僕のところに送ってもいいの!?


「へ、辺境伯様!? い、いきなりそんな事を決めちゃっていいんですか!?」


「ん? 君は面白い事を聞くのだな? わしがスロリ町から帰ってきた時から既にこうなる予定だった。更には本人も君自身がとても気に入った様子。言わば、両想いというやつじゃな」


 両想いって普通はお互いですからね!?


 辺境伯様とアーシャ令嬢が合う事を両想いとは言いませんからね!?


「…………へ? アーシャ様が?」


「ああ。君は運命の人だそうだ。これ以上わしが言う事もあるまい。本人に直接聞いてみるといい。既に待機させている」


 話があまりにもとんとん拍子に進み、理解が追い付いてない僕を、ティナ令嬢が無理矢理挨拶を終わらせ、ガロデアンテ辺境伯様の執務室を後にした。


 そのまま馬車に行くのではなく、アーシャ令嬢の部屋へやってきた。


「へ? あ、ティナ様?」


「クラウド様。私はクラウド様を独り占め出来るとは思ってないわ。でも…………私が先に好きになったんだからね? 第一婦人はちゃんと私だからね?」


「へ? いやいやいやいや、第一も何も、僕はティナ様一人だけを――――」


 嬉しそうに振り向いたティナ令嬢は、人差し指を立てて前に出した。



「私ね、アーシャ様の事がとても理解出来るの。今まで生きてきたその時間も感覚も、クラウド様に出会った時の衝撃も、クラウド様に憧れる気持ちも全て理解出来てしまうから…………私はアーシャ様の味方になってしまったの。だから応援したいと思うし、相談にも乗ったの。だからクラウド様もちゃんとアーシャ様の事、向き合って欲しいな」



 満面の笑顔になったティナ令嬢は、本当に心からアーシャ令嬢の事を応援したい想いが伝わってきた。


 僕が知らない間にどんどん話が勝手に進んで、良く分からないけど、重い一歩を踏み出してアーシャ令嬢の部屋に入った。




「クラウド様。此度は驚いた事でしょう……」


「……はい。正直、今でもどういう事なのか、全く分かりません」


「……実はお父様がスロリ町から帰って来られた時、結婚相手が見つかったと言われましたの。元々私はお父様から大きな愛情を頂いているので、お父様の役に立つならとその話を受けようと思ったのですが、お父様からその方に会ってみて、自分の目で確かめてみるといいと言われました…………正直、私も自分に驚いています。自分に…………人を好きになる感情があった事に驚きました」


「ですが、僕には既に……」


「……以前にも話した通り、私には友人がいません。お茶会を楽しむ友人はいますが、お互いに本音・・が理解出来る友人はいませんでした。ですが、ティナ様は違った。私と全く同じ彼女は…………私にとって大きな理解者でした。だからティナ様にも沢山相談させて貰いました。クラウド様は気付いていなかったかも知れませんが、実はティナ様はずっと私の部屋で一緒に寝泊まりをなさっていたのですよ?」


 そうだったのか……。


 確かに初日、僕の部屋にティナ様と一緒に泊めさせるつもりだったものね。


「クラウド様の事も沢山聞きました。まだクラウド様と過ごした時間はとても少ないモノですが、私にとってはかけがえのない特別なモノとなっています。ですが、これからは私から頑張ろうと思います。まだ私を受け入れてくださるにはお互いの時間が足りないでしょう。このままお帰りになられたら、きっと、これ以上の時間は過ごせる事は出来ません。ですから、私を連れて行ってください。必ず…………クラウド様の気に入られるように頑張りますわ」


 彼女だけでなく、辺境伯様、ティナ令嬢の覚悟も背負ったアーシャ令嬢の覚悟は、確かなモノだと感じた。


 僕としても彼女の『デザイン』には、とても感動するものを感じさせて貰えた。


 三人の想いに答えたいと思う。


 だから、アーシャ令嬢申し出を承諾した。




 こうして、前代未聞の両辺境伯の令嬢が一人の男に嫁ぐ異常事態が起きて、王国にベルン家の名が更に広まるのだが、この時のクラウドには知らない話である。


 両辺境伯が起こした『トイレ戦争』はとんでもない結果を出して幕を閉じた。

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