第71話 アーシャ令嬢とデザイナー

 久しぶりのガロデアンテ辺境伯様との食事会も無事終わった。


 あの硬い表情のガロデアンテ辺境伯様も、まさかご夫人の前ではデレデレしていてびっくりした。


 もうそれはデレデレである。


 更にアーシャ令嬢にもとても甘かった。


 そんな食事会も終わり、僕の部屋にティナ令嬢とアーシャ令嬢がやってきた。




「それで? アーシャ様。ご説明をお願いしても?」


「はい。まず最初に謝らせてください。ティナ様。大変申し訳ございませんでした」


 頭を下げるアーシャ令嬢につられ、僕も頭を下げた。


 頭を上げたアーシャ令嬢は一つ大きく息を吐いて、話し始めた。




「実は、私はこういう・・・・身分ですから、幼い頃から友人もおりませんでした。そんな私が初めて生き甲斐を見つけたのが、庭でした」


「庭?」


 思わぬ言葉に聞き返すティナ令嬢。


 それと僕も意外だった。


 こういう身分というのは、恐らく辺境伯の娘という意味だろう。


「一つ聞いてもいいですか?」


 僕が手を上げると、二人から「「どうぞ」」って言われた。


「えっと、僕はあまり身分について詳しくなくて、辺境伯家の令嬢様は大変なのですか?」


 僕の質問にキョトンとする二人。


 小さく笑ったアーシャ令嬢が続けた。


「ふふっ、そうですわね。もしかしたら辺境伯家の令嬢は華やかに見えるかも知れませんが、私達令嬢は実は華やかではありません。……残念な事に、私達には自由・・がないのです」


「自由が……ない……」


 ティナ令嬢も悲しそうな表情を浮かべ頷いた。


 同じく辺境伯家の令嬢という身分だからこそ共感出来る部分なんだろうね。


「更に女という事から、男性の方と話す事も固く禁じられております。場合によっては『婚約』の話にまで発展してしまいますから」


「そんなに!?」


「ええ、それほど、私達は…………言わば、お父様の政略結婚の道具です」


「……」


「ですが、私は道具だと思った事は一度もありません。お父様は私も大切にしてくださる為に、敢えてそういう環境にしていたんだと思います。それは…………ティナ様もでしょう」


「……はい」


 政略結婚か……確かに、お母さんからもそういった事を聞いた事がある。


 実はうちのアレンとサリーにも、既に多くの婚約話が来ているのだ。


 その理由としては、特別な才能。


 そして、最近になって勢いを増しているベルン家の子供。


 沢山の貴族から縁談が来ないはずもないよね。


 まあ、僕が心配する事もなく、お母さんが全て断っているそうだ。


 お父さんはひやひやしているみたいだけどね。




「それで私は何が出来るのだろうと悩んでいた時に、窓の外に広がっていた庭が目に入りました。そこには懸命に働いてくれてる庭師が沢山いて…………でも何でしょうか、それを見た私は無性に苛立ちを覚えてしまいました」


 更に呼吸を整えるアーシャ令嬢。


「少し年が過ぎて、私はいつの間にか庭師達にこうしてほしいと注文する事になりました。最初は私のわがままとばかり思っていた庭師達も、次第に私の声に真剣に耳を傾けてくれるようになり、あれから数年。今の庭を完成させられました」


 アーシャ令嬢の案内で、僕達は部屋のテラスに出た。


 既に日は傾いているが、それでも屋敷の明かりに照らされた庭は美しかった。


 更に気付いたのは、こういう夜景にも対応しているような作りに、僕もティナ令嬢も目を奪われた。


「――――美しい」


 思わず口にするティナ令嬢に、僕も内心、このデザイン力の高さに心が躍るかのようだった。


「それでですね。先程は、この景色を見てくださったクラウド様が『でざいなー』という言葉を仰いまして……」


 あっ!


 そ、そうだった!


 庭を見る為じゃなくて、僕がうっかり口走った『デザイナー』の所為でここにいたんだっけ!


「『でざいなー』? 聞き慣れない言葉ですね?」


「はい。私も初めて聞く言葉でした。ですが、その言葉にとても魅力を感じまして……どうしてもその言葉の意味を知りたくて、クラウド様を追い詰める事になりまして、ああいう事になりました」


 それを聞いたティナ令嬢がクスッと笑う。


「クラウド様は、『といれ』というモノを作ったそうですね? 聞き慣れない言葉でしたが、その用途・・はとても素敵なモノでした。お父様に聞かされた時にはとても驚いたのですよ? だからこそ、また聞き慣れない言葉に、私…………少し……いえ、とても興奮してしまったのです」


 全く恥じらいもなく、興奮したというアーシャ令嬢。


 この庭のように、大胆さがあると思う。


 さすがはあの父の娘って感じだ。


「ふふっ、そういう事だったのですね。クラウド様? 私もあの言葉の意味を知りたいけど、教えてくれないかしら?」


 うっ!

 

 そ、その上目遣いは反則級に強力だ……。


 更にはアーシャ令嬢までティナ令嬢の真似をしてくる。


「わ、分かりましたよ! は、話しますから!」


 部屋に戻り、テーブルに座って。僕は観念して話す事にした。




「『デザイン』という言葉があります。その言葉の意味は分かりますか?」


 二人は首を横に振る。




「まぁ、簡単に言えば、何かを作る際に、こういう形を作ろうとか、こういう風に作ろうとかの事を『設計』するって言いますよね? ですが、根本的に設計するという言葉と違う意味があります。

 設計は単純にこう作る。という言葉になります。ですがデザインの場合、こうした方がより良い。より快適にする為にこうする方が良い。より美しく・・・見せる為にはこうした方が良い。などという……総じて、より高い感性を求めて設計する事を『デザイン』といいます。

 そして、『デザイナー』とは――――――その『デザイン』を専属で行う人を言います」




 僕の説明に二人の目が輝く。


 特にアーシャ令嬢。


 最早興奮し過ぎて、顔が赤くなり息まで激しく吐き出している。


「あの庭を見た時、僕が考えた理想・・が詰まっていました。そこには最上級の美しさがあり、美しさだけでなく、そこで働いている庭師の利便性も考えながら、更には庭を歩く人まで考えた配置。恐らく季節ごと、咲く花も違うでしょう。それは四季を楽しむ・・・心が現れています。僕は……ここまで美しい庭を見た事がありません。いつか作りたかった理想の庭でしたから……まさかここで理想の庭に出会えた事に、とても嬉しかったんです」


 僕が思った事を素直に二人に話した。


 そして、この事により、また僕はとんでもない方向に行くのだが…………。

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