第67話 お茶会の練習

 僕とティナ令嬢の婚約がバルバロッサ領に広まった。


 瞬く間に。


 その理由は…………。




「クラウド様大好き~!」


 ――「クラウド様大好き~!」


 ――――「クラウド様大好き~!」


 ――――――「クラウド様大好き~!」



 ティナ令嬢の声がバルバロッサ領の町に広がっていた。


 他でもないサリーの提案により、コメの声木霊魔法を使って全ての町を訪れては、一緒に僕の事が大好きって叫び回っていた。


 サリーの「お兄ちゃん大好き~!」の楽しそうな声も、ティナ令嬢の声に続いて響いていた。



 それから数日後。


 ベルン領にバルバロッサ領のほぼ全ての町からクレームが入った。


 いきなり「大好き~!」って声が町中に響き渡ったからね。


 それについてのクレームにより、何故か辺境伯様から僕が怒られて、ティナ令嬢と全ての町を訪れて挨拶する羽目になった。


 辺境伯様から領内に連絡を入れる前に、ティナ令嬢とサリーでこういう行動を取ってしまったので、仕方なく僕達が先に全ての町で婚約の件を町民達に報告した。


 皆さんは僕の事は全く分からないけど、ティナ令嬢の笑顔を見ただけで、直ぐに受け入れてくれた。




 全ての町を回るのに数日が掛かり、やっと終わらせて帰って来た僕に落ち着く暇もなく、次の試練が訪れた。



「…………ゼイル」


「駄目です」


「…………それさ」


「駄目です」


 ……いつもなら「クラウド様の好きなようになさって、良いと思います」って言ってくれる万能執事ゼイルですら、一通の手紙の前に「駄目です」の言葉しか返してくれなかった。


「だって!!」


「これも貴族としての務めです。子爵家の嫡男として、ちゃんと参加してください!」


「え! いつもなら好きにしていいって言ってくれるのに!」


「それとこれは別です。務めはしっかりと果たすのが貴族家に生まれた者の宿命です! 特に、この招待状・・・は、婚約者様も関わっておりますゆえ、絶対に! 受けないといけませんからね?」


「う……それは知っているんだけどさ。僕、お茶会とか行った事ないんだもん……」


「こういう時だけ、子供っぽく喋っても駄目です!」


「え~! 仕方ないか…………ティナ様の為にも頑張りたいけど、本当にお茶会は殆ど行った事がないというか、辺境伯様とのお茶会くらいしかないからどうしよう……」


 ゼイルが小さく笑う。


「かしこまりました。招待された日まであと十日ほどございます。クラウド様ならロク様にお願いすれば直ぐに行けるでしょうから、十日丸々練習に使えるでしょうから、ここから十日間毎日お茶会の練習としましょう!」


「えー! ベルン領の開発が…………」


「駄目です! ベルン領の開発よりも威信に、寧ろ、クラウド様の威信に関わる事案ですので、最優先でさせて頂きます!」


 ゼイルに強制的に連れられ、何故かお母さんの元に連れられた。


「あら、クーくんがゼイルくんに連行されて来るなんて、珍しいわね」


「お母さん~助けてぇぇ……」


「ふふっ、助けません! どうせ、お茶会の練習から逃げようとしてるとかだと思うし~」


 既にお母さんにもバレていた。


 手紙が届いた事は家族に知られているし、あれがお茶会の招待状な事くらい見抜いているんだろうな。


「エマ様。ここは一つ、クラウド様の為にもお茶会の練習をしようと考えておりますが、エマ様にも協力を頂きたいのですが」


「あら、いいわよ! クーくんの為ならお母さん頑張っちゃう!」


「そこは手を抜いてくれてもいいけど……」


「クラウド様! いい加減に諦めて、真面目に取り組んでください!」


「は~い……」


 珍しくゼイルがやる気を出してるから、これ以上断るに断れないよね……。



 暫くして、アレンとサリーも混ざって来て、家族四人でお茶会の練習を始めた。


 お母さんが用意してくれたお茶セットがテーブルに沢山並ぶ。


 美味しそうなお菓子も沢山あり、目の前に紅茶用ティーカップがそれぞれ並んだ。


 それと僕達が座っている場所から少し離れに、司会役(?)のゼイルが立っており、その前に紅茶や予備用ティーカップが並んでいるティースタンドが美しく飾られている。


 更にテーブルの中心には、お菓子ではなく、ケーキが並んでいる可愛らしいケーキスタンドも見える。


 以前、ティナ様とお茶会していた時も、こういう物が並んでいたよね。


 最初、ゼイルがみんなに紅茶を注いで回る。


 注がれた人から、紅茶に好きなようにミルクと蜜を入れて味を調整する。


 ただ、あまりに沢山入れて色が変わり過ぎるとマナー違反だそうだ。


 その分量は身体で覚えるしかないらしい。


 サリーは甘い方がいいと、蜜を多めに入れながら、色の変化を見て覚えようとしている。


 ミルクや蜜が入っている容器はどこの貴族のお茶会でも大きさは決められているようで、入れる量を間違わない為の工夫みたい。


 紅茶が完成すると、今度は目の前のお菓子やケーキを自分の皿に、直接取って皿の上に載せる。


「最初は紅茶を先に飲んでください。その時、紅茶を褒める言葉を残すのがおすすめです」


「紅茶を褒める?」


「はい。お茶会で出される紅茶のグレードは、その家の力を表しているのと同じです。どの家も主催した際には必ず高級紅茶を用意します。なので、紅茶を褒める事は、家を褒める事に値しますので、美味しい紅茶ですね、などの軽い一言を話すと良いでしょう」


「…………」


 僕は紅茶を見つめる。


 正直、紅茶の味なんてどれも変わらないと思うんだけど……。


 と、一口紅茶を飲んだ。


「ん!? 美味い!」


 思いのほか、今まで飲んだ紅茶の中で一番美味しくて驚いた。


「クラウド様! はしたないです! 美味しい時は、表情だけで表現してください!」


 ゼイルからまた難しい注文がされる。


 美味しい表情だけ……お茶会ってあまり楽しいとは思えないね。


 そんな事を思いながら、アレンとサリーを眺めてみると、


「あれ……? アレンくんとサリーちゃんは、どうしてちゃんと出来てるの!?」


 二人はクスッと笑って、優雅に紅茶を楽しんでいた。


 いつもの二人じゃないみたい!


 紅茶を一口飲んだサリーが答えた。





「お兄ちゃんがティちゃんとこのお茶会に行った時、お母さんにおねだりして家族だけでお茶会を開いて貰ったからね~だからアレンくんも私もちゃんと出来るよ?」


 僕が知らない間にそんな事があったんだね……。


 それからゼイルの厳しい(?)お茶会のマナーの練習は続いた。

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