第66話 戦いの褒美

 戦いが終わってから二か月が過ぎ、秋が来た。


 辺境伯様から相談があった『ベルン家への勲章』を正式で与えると連絡が来た。


 僕は家族みんなでエグザ街に行く事となった。




「…………ヘイリくん。なんだか久しぶりだね?」


「酷いじゃないですか! 僕はずっとクラウド様の近くにいましたよ?」


「それは知ってるけど、いつも子ウル達の世話をして貰ってたから、こうして一緒に出掛けるのは久しぶりね」


「はい。クラウド様のおかげで、お預かりしている子ウル隊もだいぶ懐きました!」


「そっか、それは良かった」


 アレンが勇者になった日に、魔物使いになったヘイリくん。


 ずっと子ウル達の世話係を買って出たから任せっきりにしている。


 今日の移動は、なんと、その子ウル達が引いてくれるらしくて、ヘイリが御者になって馬車の前に座っているのだ。


 最近では子ウル達でビッグボアを狩ってくると聞いていたから心配はしていないけど、こうして目の前で頑張る姿を見れて嬉しい。




 暫く馬車に揺れ、他愛ない事を話していたら、いつの間にかエグザ街に辿り着いた。


 ウル達が引いてくれるスロリ馬車一号はとても速くていいね。


 街の入り口で出迎えてくれたアルフレットさんに案内され、その日は高級ホテルで一泊する事となった。


 次の日。


 アルフレットさんの案内で、エグザ街にあるお城に初めて連れられ、玉座の間に通された。


 お城はもちろん、玉座の間にも初めてくるので、周りの雰囲気に少し圧倒された。


 玉座の間の奥には玉座があり、そこには辺境伯様が優しい笑顔で待っていた。


 更にその周辺に多くの貴族が並んでおり、誰かまでは分からないけれど、彼らが辺境伯様の寄り子の貴族達である事くらいは何となく察した。


「こほん。ベルン男爵! 前へ!」


 お父さんを一番前に、僕達は一歩だけ後ろで跪いた。顔を下に下げているので、周りが見えなくなった。



「此度の戦争にて異例な事故が起きた。しかし、其方の家の者の活躍により、被害は最小限に止まり、更には、長年バルバロッサ領といがみ合ってきたガロデアンテ辺境伯との橋渡しに成功する大活躍を果たした!」



 司会の人の読み上げに、その場にいた貴族達から感服する声が上がった。


 あの固そうなガロデアンテ辺境伯おじさんの事はみんなさんも知ってそうだね。まぁ当たり前か。



「その活躍に、バルバロッサ辺境伯より褒美を与える! ベルン男爵!」


「はっ!」


 お父さんが立ちあがる音が聞こえる。


 僕達は下を向いているので見えてないが、緊張しているお父さんの顔が容易に想像できた。


 サリーもクスッと笑ってる。



「此度のベルン家の支援、感謝する。我、バルバロッサ辺境伯の名の下に、其方に子爵位を与える事とする!」



 辺境伯様の声が玉座の間に響き、貴族達からの大きな拍手が鳴りやまなかった。


「ははっ、ありがたき幸せ」


 お父さんが跪いたのだが、下からでも分かるほど、お父さんの頬には嬉し涙が流れていた。



「では、次に移る!」



 ん? 次?


 普通ならば、お父さんが爵位を貰って終わりでは……?


「ベルン子爵家の嫡男、クラウド! 前へ!」


 へ?


 ちょっと反応が遅れていると、お母さんが優しく背中を押してくれた。


「は、はいっ!」


 慌てて立ち上がり、一歩前に出た。




 美しい玉座の間が目の前に広がり、玉座に座っている辺境伯様も今まで見てきた辺境伯様とはまた違う存在感に溢れており、僕に注目している貴族達が並んでいる光景に、何処か、今までの自分とは違う世界に来たのかと錯覚するようだった。


 転生してから九年。


 慣れたつもりのこの世界で、初めての光景を目の当たりにし、まだまだ僕の知らない世界が広がっているんだという事実に、胸の高鳴りを感じた。



「ベルン子爵家の嫡男、クラウド。今回の戦いでは其方の力なくては、決してこの成果は得られなかっただろう。家の為に奮闘した其方自身にも何か与えねば、辺境伯の箔に傷がつくというものだ。――――――では、何でもよい。其方が欲しいモノを述べよ!」



 辺境伯様の声に、貴族達から大きなどよめきの声があがった。


 お父さんには問答無用で爵位をくださっている。


 でも僕には『選択肢』を与えてくださった。


 それは僕が想像するよりもずっと大きな事なのかも知れない。



 だが、しかし!


 僕に欲しいモノなんて、何もないんだけど……?


 強いて言えば、ベルン領内の整備かな?


 でもそれは来年進める計画だから、職人とか貸して頂いた方が嬉しいかな?


 よし、職人にしよう。






「こほん」






 僕の耳に、わざとらしい咳払い声が聞こえた。


 良く聞く美しい声。


 辺境伯様の隣で僕を見つめていたティナ令嬢だ。


 美しいドレスを着ていても、決して負ける事のない美貌。


 そんな美少女が、少し赤面になって僕に何かを訴えている。


 ――――期待の眼差しで。




 ……。


 ……。


 ……。


 あれ?


 ティナ令嬢どうしたんだろう?


 今度は胸に手を当てて、目を潤ませて僕を見つめてくる。


 その時。


 後ろに控えていたお母さんが、すーっと僕に近づいてきた。


「クーくん? 駄目よ? 職人が欲しいとか言っちゃ」


「へ? 何で分かったの?」


「……来年、ベルン領を開発すると言っていたから、クーくんなら職人が欲しいとか言いそうだもの」


「…………心を読まれた気がするよ」


 ひそひそ話してたつもりなのに、聞こえたらしく、貴族達が大笑いした。


 玉座の間の重い雰囲気から笑い声が響き渡った。


「でも、お母さん? 僕、欲しいモノって、何もないんだけど……」


「はぁ……クーくん? 朴念仁ぼくねんじん過ぎるのも問題よ? 男なら、ちゃんとエスコートしなさいって言ったでしょう?」


 男?


 エスコート?


 ……。


 ……。


 ……。


 笑い声の隙間で、未だ目を潤ませて、こちらを見つめるティナ令嬢が視界に入った。


「…………もしかして…………ティナ様の事?」


「はぁ、ここまで言っても分からないの? 全く……そういう所はお父さんに似て欲しかったわ」


 その時、


「私はティちゃんなら歓迎かな~」


 と、サリーの声が聞こえた。


 アレンもお父さんも「うんうん」って頷いてくれる。




 いつの間にうちの家族のみんな、ティナ令嬢をこんなに思っていたんだね。


 確かに、伯爵令嬢にも関わらず、高飛車な態度は決して取らないのも素晴らしい。


 でも、僕としては…………






「てぃ、ティナ様って綺麗過ぎて…………僕なんかに似合う気がしないんだけどなぁ……」






「そ、そんな事ないわ!」


 遠くからのティナ令嬢の声が玉座の間に響く。


 嫌いな人でもなければ、寧ろティナ令嬢は素晴らしい女性だと思ってるからこそ、僕の前世の記憶がどうしても足を引っ張る。


 冴えない男の自分と、最高位の貴族令嬢でありながら最高位才能に最高の美貌を持つ彼女。


 どうしても、前世の記憶がそのに待ったを掛けてしまう。


 でも今のお父さん、お母さんは、貴族と孤児の壁すら超えた素敵な夫婦だ。


 もし似合わないと思われても、それを超えられるくらい頑張って良い男になれるように頑張ればいいか!






「――――――――――」




 僕の言葉に、辺境伯様の安堵の溜息と共に、隣のティナ令嬢の満面の笑顔が花を咲かせる。


 この日、僕とティナ令嬢の婚約・・が決まった。

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