第64話 犬と狼

 クラウドが魔物の大軍と戦っていた頃。


 ロスは戦場とは真逆の場所に向かって歩いていた。


 そして、彼女が辿り着いたのは、一匹の大狼の前だった。


「お前だな? あの魔物を呼び寄せた・・・・・のは」


 ロスは目の前の大狼を睨む。


 大狼もロスを睨み返した。


「我ではない。我の主の意思だ」


「そう…………あれがお前の主だろうと、お前だろうと、私は今、とても怒っているのよ。私のご主人を危険に晒すとは…………許さない!」


「ほぉ……許さないというのならどうするのだ? お前如きが我を相手するとでもいうのか?」


「ふん。お前、神狼フェンリル族だろう?」


「……見た目以上に知識はあるようだな? 我が種族を知っているとはな」


「…………そりゃ知ってるよ。だって――――」


 そう話したロスの身体からは、禍々しい殺気めいた威圧感が溢れ出た。


 目視出来る程の威圧感に、フェンリルも驚く。


 そして、ロスの姿は何処にもなく、ロスがいた場所には、フェンリルと同じくらいの大きさの犬が現れた。


「貴様は! 地獄のケルベロス!!」


 元のロスとはまるで違う姿だったが、フェンリルはその姿こそ知っていた。


「ああ、まさか――――あの戦いで滅ぼした・・・・はずの神狼族が残っていようとはな」


「グルァアアアアアアア! 貴様に復讐する日だけを待ちわびた! ここで会えたのも運命だろう! いま貴様の命を刈り取り、亡くなった我が一族の悲しみのはなむけにしてやろう!!」


 ケルベロスの姿に怒り狂うフェンリルが飛びかかった。


 鋭い爪がケルベロスを襲うが、ケルベロスは微動だにせず、そのまま身体で受ける。


 石を叩くような音がし、フェンリルの爪がケルベロスから弾き返された。


「くっ!?」


「ふん」


 一瞬、体勢が崩れたフェンリルにケルベロスが体当たりする。


 衝撃で周りの木々が吹き飛び、フェンリルの身体が大きく吹き飛んだ。


「神狼族も弱くなったものだ…………あれほど猛者が多かったのにね?」


「グルァアアアアアアア」


 飛ばされたフェンリルから氷のブレスがケルベロスを襲う。


 ケルベロスがそのまま氷漬けにされた。


 フェンリルは凍っているケルベロスに、大きな氷の魔法をぶつける。


 氷が割れる音と共に、中のケルベロスに大打撃を与えるはずだった。


 しかし、割れた氷の中のケルベロスには傷一つなかった。


「そんなぬるい氷が私に効くとでも? 属性攻撃とは、こうやるんだよ!」


 ケルベロスの口から大きな爆炎が放たれた。


 フェンリルは避ける事すら出来ず、そのまま爆炎に包まれた。


 フェンリルの悲痛な叫び声が森に響き渡る。


 爆炎が静まり、その場には身体が半分程焼けて痛々しい姿になっているフェンリルが倒れた。


「ほぉ……未熟だと思っていたが、あれを耐えれた事は褒めよう。だが…………」


 ゆっくりフェンリルに近づくケルベロス。


 フェンリルに勝つ未来など、存在していなかった。




 その時。


 フェンリルの前に一人の男が現れる。


「これはこれは、ケルベロス様~、初めまして~」


「…………」


 男の出現にケルベロスが身構える。


 緩い口調で、不思議な仮面を被っていて素顔は全く見えず、仮面の外に出ている青い髪だけが見える。


 そして、見た目とは裏腹に、男は異常な力を秘めていた。


「そう身構えしないでくださいませ、僕は戦いに来た訳じゃありませんから~ただ、主に言われ、出来の悪い飼い犬を連れ戻しに来ただけです」


「…………」


「このまま飼い犬を見逃して頂けるなら――――僕も戦わず引きます。今回は我々の負けで結構ですから~」


「……逃がすとでも?」


「ふふ~、ええ、逃がすでしょう。少なくとも、このまま戦えば…………貴方の主人にも被害が及びますよ~?」


 この言葉の後、周囲の影から全く同じ仮面を被った者が二人現れる。


 しかも、見た感じ、男と瓜二つであった。


「…………」


「少なくとも僕達が暴れれば、このまま貴方の主人の所まで走っちゃいまからね~、――――ということで飼い犬は貰って行きますね~」


 そう話した男は、ボロボロになったフェンリルを持ち上げ、ケルベロスから背を向ける。


 ケルベロスは、消えていく彼らを最後まで睨み続けた。


「…………これならコメ達でも連れて来た方が良かったわね」


 ボソッと喋ったケルベロスは、直後、姿を消した。


 いや、の姿に戻っていた。


 彼女はまた優雅に戦場にいる主の元に戻って行った。




 ◇




「ふぅん…………フェンリルがここまでやられるなんて、珍しいね」


「はっ、どうやら向こうにケルベロスがいたみたいです」


「へぇー、ケルベロスか~、あはは~懐かしいな~あいつ、生きていたんだ?」


 男は面白そうに笑い、美しいワイングラスに手に取った。


 中にはワインなのか、はたまた違うモノか区別がつかないくらい、真っ赤なモノが入っている。


 小さく笑う男は、グラスを口に運んだ。


「これも運命というモノか? まさか……ここに来て、あの犬が僕の邪魔をするなんてな」


 直後、男は持っていたグラスを握り壊した。


 パリーン


 割れる硝子の音が響く。


 男は小さく笑い続けた。

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