第61話 初めての戦い

「くっ! 進軍が遅いじゃないか! この時にも、わしの息子が酷い目にあっているんだぞ!? もっと速度を上げないか!」


「も、申し訳ございません!」


 シムルグ子爵は200もの兵を連れ、ベルン領のスロリ町に向かっていた。


 しかし、指揮に慣れていない子爵の無理強いに、兵達は苦労していた。


 そもそも同国の隣領を攻めるのはどういう事か……。


 それも元々仲が悪い辺境伯同士を互いの寄り親に持つ貴族。


 この一件で、辺境伯同士の戦いにまで非が及ぶかも知れないのに、自分の息子の大事さで進軍を決めた子爵に兵達のやる気は既に底を突いていた。


 二日。


 漸く進軍も終わり、遂にベルン領に入り、スロリ町が見えそうな平原に辿り着いた。




 ドーーン




 あまりにも大きな地鳴りに、兵達はその場で足が竦んだ。


 馬車でのんびりしていた子爵も驚いて外に出る。


 そこにあったのは――――――。




 ◇




「うわ…………人がまるで…………」


「サリー、それ以上言ったら、駄目だよ」


「えっ? 駄目なの?」


「うん。またそのネタ出すの? って言われるから」


「へ? 誰から?」


「ん~? 知らないけどさ」


「変なお兄ちゃん」


 僕とアレン、サリー、エルド、アイラ姉ちゃんでクロの上に乗り、現れたシムルグ子爵の兵達を前にした。


 クロにわざと大きな一歩を踏んで貰らうと、地鳴りが起きて多くの兵達がその場で竦む。




 グルルルル…………




 クロの威嚇の声が兵達に向けられる。


「「「「ば、化け物だぁあああ!!!」」」」


 兵達の大半が武器を捨て、その場から逃げ出した。


 兵士の逃亡って極刑だけど、流石にこの恐怖には勝てなかったらしい。


 僕もクロが味方じゃなければ、怖いかも知れない。


 でもクロの性格を知っていてか、こういう演技・・までしてくれて、とても可愛らしいと思えた。



 後ろにある豪華な馬車の中から、男性が一人出て来た。


 ふくよかな体形から、以前掴まえたバカ息子そっくりな事から、彼がシムルグ子爵なのは間違いないだろうね。


 クロを見たシムルグ子爵は、開いた口が塞がらず、後ずさりながら叫んだ。


「く、来るな! 化け物! わ、わしはシムルグ子爵なるぞ!!」


 魔物に爵位は関係ないだろうに……。



 僕はロクに乗って、シムルグ子爵の前に降りた。


 既に致している子爵の匂いに不快感が増した。


「シムルグ子爵ですね?」


「そ、そうだぞ! お、お前は誰だ!」


「僕はクラウド。ベルン家の長男です。貴方に手紙・・を送った本人です」


「な、な、なっ! お前みたいな子供が!? で、では、そのワニもお前の!?」


「ええ、たった金貨百枚で手を打ってあげようと思ったのに、戦いに来るなんてひどいじゃないですか」


「は?」


「まったく…………うちのクロの見た目で逃げてくれてよかったけど、あんな大軍に攻められて怖かったんですからね!?」


「は!?」


「とにかく、今度は子爵を身柄に捕獲して、シムルグ家から賠償金を貰うとしますか」


「ま、待て! そもそも金貨百枚のどこが――――」


「ウル達! この人連れてって!」


 しかし、ウル達は動こうとしない。


 どうしたんだん?


【ご主人! ウル達がその男の匂いがキツイって】


「あ~なるほど…………では、スラ!!」


【は~い!】


 ウルの中に紛れ込んでいたスラが出て来た。


「この男の本体除いて食べて」


【やった~!】


 スラが大きくなり、シムルグ子爵を飲み込んだ。


「ぎゃああああ! 何をするつもりだああああ!」


 暫くスラに飲み込まれた子爵は、綺麗・・に裸になり、ウルに捕獲され、スロリ町に連行された。



 これで一件落着――――と思っていたのだが、ロスちゃんが僕の後ろに飛び出した。


「がお~」


 いつもの緩い咆哮に、その場にある男が現れた。


「ぐっ……ここまでとは…………」


 真っ黒い装束の男が現れ、その場に跪いた。


「ん? 忍者!?」


「なっ!? 何故我が家にしか伝わらない秘密を!?」


 何故って……前世ではものすごく有名で、男の子なら一度くらい夢見るのが忍者でしょう!


「へぇー、忍者がいるなんて思いもしなかったよ」


「っ!? つい驚いてしまい無駄口を…………失礼しました。クラウド様でございますね?」


 意外にも僕の名前が出た。クラウド様って?


「そうですけど、どちらから?」


「はっ、バルバロッサ辺境伯様直轄隠密の一人、カインと申します」


 いつの間にか降りて来たアレン達が、カインさんを見てワクワクしてる。


 この子達って強い人を見ると戦いたくなるのかな?


 バトルジャンキーに育てた覚えはないんだけどな……。


「辺境伯様から…………それで、証拠は?」


「はっ、こちらに」


「……っ!? ば、ばかもの! それを早く仕舞いなさい!」


「はっ、これで納得してくださったようですね」


 まさか、カインさんが取り出した物が、とても見覚えのある…………見覚えが…………ありまくりの…………ティナ令嬢の…………こほん。


 少し熱い顔を横に振り、気を取り直す。


「カインさん。辺境伯様の部下だという事を信じます」


「お兄ちゃん? そんなに簡単に信じていいの?」


「い、いいんだよ。こほん。それで、どうしてここに?」


「はっ、クラウド様に一つお願いがあって参りました」


「お願い?」


「少々大変な事になっておりまして……これを解決出来るのは、間違いなくクラウド様しかいないと思っております」


「大変な事?」


「はっ、クラウド様の所為ではありませんが、クラウド様が辺境伯様に贈った『トイレ』がとんでもない事態を引き起こしまして……」


「え!? トイレが??」


「はっ、辺境伯同士の『トイレ』争奪戦が勃発し、『トイレ戦争』が始まりました」


 ……。


 ……。


 ……。


 ツッコミたい事が多々あるけど、とりあえず一つだけ言いたい。


 『トイレ戦争』はネーミングセンスないと思うな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る